3 我らは仇
ギャナがマシュアルを先導して向かったのは、円城都市の三重の城壁を出た先にある、墓地の一角だった。
この辺りの民は、墓場で行楽をする。日中ならば人の集う賑やいだ広場であるのだが、夜間、しかも妖霊と共に向かうとなると、決して愉快な散歩とはいかない。
夜目が利くのだろうか、ギャナはふわふわと浮遊しつつ迷いのない足取りで宙を滑る。やがて、ブドウの葉が生い茂る陰に視線を落とすと地面に降り立って、足元の砂地を撫でた。
砂に刻まれた指の跡の間から、隠されていた石板が露出する。ギャナはおもむろに砂に指を差し込むと、屈強な男ですら一人で動かすのは困難だろう重量の石板を、平然とした顔のまま片手で持ち上げた。
「着いたわよ」
先ほどまでほっそりとしていたギャナの上腕に、こんもりと筋肉が隆起している。マシュアルはぎょっとして目を剥いたが、ギャナに促され、石板の下から現れた暗闇に意識を向けた。尋常ない筋肉は見なかったことにしよう。人間の基準で彼女らを測ってはいけないのだ。
「じゃ、下りましょ」
ギャナの手のひらの上に小さな炎が生じた。地下はぼんやりとした明かりで照らされて、土を切り出しただけの階段がかろうじて見える。
「便利だな」
「妖霊の血管には火が流れているの」
ギャナに続いて、用心深く段を下る。密室なのだろう、風が吹き上がることもなく、内部は静寂に満たされていた。やがて階段の終点にたどり着くと、小さな火の揺らめきの中、黒い影が身じろぎしたのが目に入る。マシュアルは、彼の名を呼んだ。
「スライマーン、どうしてこんなところに。アマルが大変だったんだぞ」
「知っている」
すかさず切り返す言葉は鋭い。スライマーンは一呼吸おいてから、いくらか自制した調子で続ける。
「事情は、そこの女から聞いた。貴様のことはいけ好かないが、他に頼る者がいない。アマルを救ってくれ。あの子に罪はないのだ」
低いが、切迫した声音だった。マシュアルは、用心深く答えた。
「俺は宮廷の人間だぞ。アマルを捕らえた側の立場だ」
「だが貴様の本質は、他者におもねることを知らないはずだ。自身で見聞きしたものを信じ、他者の流言よりも己の判断を是とする質。その証に、誰もが恐れるアマルの青紫の瞳に偏見を向けることもないし、遊牧民集落で出会った半妖の子を頭ごなしに嫌悪することもなかった。その一方で、己に好意を向けてくる者がいても取り合わず、誰かに好かれるために媚びることはない。貴様は他者の目を気にして物事に判断を下すことはない。いうなれば、不遜で頑固な男だ。だからこそ、今回の件についても正しく理解してくれるだろうと考えている」
「それは貶しているのか?」
「褒めも貶しもしない。ただ、事実を述べただけ」
「まあ良い。つまり、アマルのことに関して、弁明があるんだな」
火影に照らされたスライマーンの瞳が、赤みを帯びた紫に光った。
「我は、あのアリという若造と契約したのだ」
想定外の言葉に、マシュアル言葉を失った。
「アリにとって、我は仇だ。我はアリの師が命を落とす原因を作った」
「仇? ……話が読めん。なぜそんなことに」
「アリの師は、我にとって仇だった上、我を祓おうとしたからだ。先に手を出したのはあちら。しかし、我らの力はほとんど拮抗していた。最期にアリの師は、我にあの指輪を託して果てた」
「指輪を?」
「アリはあの指輪を欲しているが、一連の事件にアマルは関係ない。そもそもあの子は何も知らないのだ。ゆえに我は、アリと契約をした。我は大人しく投降して指輪を手放すゆえ、アマルを人の世界に戻してくれと、」
「ま、待ってくれ。何がなんだか」
「今から説明する。まずは神に言葉を捧げて誓うのだ。全てを聞き終えてから、己の良心に従い行動すると」
神に言葉を捧げるとは、ただ事ではない。突拍子もなく降って湧いた過去の因縁話に混乱をきたしたが、スライマーンに冗談を言っている様子はない。
「わかった、神に誓う」
マシュアルの喉から絞り出されたのは、やや掠れた声。スライマーンは神妙に頷いて、彼とアマルの過去を語り始めた。




