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妖霊調査官の受難記 ~砂漠に昇る災禍の星~  作者: 平本りこ
第三話 妖霊調査官と大きな声では言えない依頼人 

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11 憑かれていますが、とりあえず情報整理をしましょうか①

 街の喧騒の中、羊肉の焼ける濃厚な香りと少し焦げたパンの匂いがアマルの嗅覚を喜ばせている。眼前には、肉と平パンの他にも、砂漠では滅多にお目にかかれない新鮮な果物や、様々な野菜と共に煮込んだ豆類のスープなど、色とりどりの食べ物が並び、目を奪われた。


 スライマーンにも羊肉の骨をあげたかったな、などと考えながら、アマルは言う。


「スライマーン、どこへ行っちゃったんでしょう」

「犬の姿をしているとはいえ、妖霊なんだろ? 獣のふりをするのに疲れて散歩にでも行っているんじゃないかな」


 皆で食事休憩をとるにあたり、スライマーンがいるはずの織物屋を訪ねたが、アリの知人である女店主によれば、しばらく前にふらりと出て行ったきり、戻って来ないのだという。


 羊ほどもある大きな犬だし、本性は妖霊だ。万が一のことはないだろう。帰って来たら、円城都市観光はどうだったか訊ねてみようなどと、呑気なことを考えた。


「そういえばアリさん、スライマーンの正体が妖霊だと聞いても、怖がらずにすぐ受け入れてくれましたよね」

「まあ、驚きはしたさ。でも、神秘に携わる職業柄、色んな妖霊が存在することは知っていたからね。アマルちゃんこそ、星の力を借りる護符のことに詳しいんだね」

「あ、はい。アリさんが言う通り、妖霊も星の力も、結局は同じ神秘の領域の存在ですから、どちらも学んでおくに越したことはありません。星の力を借りる術についてはそんなに詳しくないですけど」

「僕も、退魔術に関しては同じだけどね」


 アマルちゃんとは話が合うな、と蕩けるような笑みを浮かべるアリ。普通の女性ならばときめいてしまうところだろうが、アマルにはそのような感性は備わっていない。


「わあ、じゃあお友達になれそうですね! ところでアリさん。今回の件、占星術師の目からすると、第一夫人が怪しいと思いますか?」

「そうだね。ムルジャーナ様のお言葉通り、第一夫人ヤサミーン様の仕業だとするのが自然だ」

「でも」


 アマルは指先で桃を転がしながら、第一夫人ヤサミーンと出会った時のことを思い出す。


 妃付きの女官が落とした耳飾りを拾ったアマルを見て、ヤサミーンは嫌悪を露わにしていた。あれは単に、下賤の者を蔑むだけの態度ではない。ヤサミーンの黒曜石のような瞳には、憎悪にも似た怯えが浮かんでいた。おそらく畏怖の対象は、アマルの青紫色の瞳と、全身から発せられているという妖霊じみた気配。


 曲がりなりにも人間であるアマルにすら距離を置きたがる繊細な女が、進んで妖霊に関わろうとするだろうか。


「ヤサミーン様は、妖霊を恐れる人のようでした。護符術の心得もないのに、護符に落書きなんてしないんじゃないでしょうか」

「ヤサミーン妃が、別の者にやらせたんじゃないか? たとえば王族が持っている護符を下手人に貸したとか」


 指先を羊肉の油で光らせたマシュアルが言うのだが、それはないだろう。


「いえ、護符が守護する対象は一人だけなんです。他の人に貸しても護符が守ってくれるのは、ヤサミーン様だけですよ」

「そうなのか」

「はい。だからマシュアルさん、護符の貸し借りはいけません。それに、あんまり彼らをなめたことをすると、上位の妖霊が出てきます。マーリドとかイフリートとか。そうなれば、とっても危険なんです」


 マシュアルはパンで油を拭い、丸めて口に押し込んだ。しばらく咀嚼してから、嚥下と同時に思い出したように頷く。


「この前、遊牧民の集落で言っていたな。確か、イフリートは怪力の女たらしで、マーリドは魂が身体とは別のところにあり、祓うのが困難だと」

「あ、はい。覚えていてくれたんですね」


 マシュアルは記憶力が良い。先日も、曰く付きの指輪をくれたのは旅人だと語ったことをしっかりと覚えていてくれたなと思い出し、アマルは密かに感心した。


 会話に耳を傾けていたアリが、何やら含みある笑みを浮かべる。


「まあとにかく、マシュアル様は妖霊に悪戯されやすいんですから、気を付けてくださいね。さあ、もっと食べて」


 アリは、ずい、と平皿をマシュアルの方へと押しやる。アマルは思わず言った。


「あれ、アリさん。もしかして気づいています?」

「あ、やっぱりそうなんだ。いやあ、そうかなあと思っていたよ」

「おい、いったい何の話だ」


 平皿の上に並んでいた柑橘の皮を剥きながら、マシュアルが眉を寄せる。


 アマルはアリと視線を交わしてから、どのように伝えようか逡巡した後、結局正直に言った。


「マシュアルさん、憑かれています」


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