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妖霊調査官の受難記 ~砂漠に昇る災禍の星~  作者: 平本りこ
第二話 妖霊調査官と妖霊憑きの遊牧民

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14 つくづく無様を

「……それで、私が呼ばれたということですね」


 アマルの言葉に、ウトバは頷く。


「ああ。妖霊を封じる術を会得していると耳にして、アマル殿を訪ねたんだ」

「封じるというか、私は仲裁人ですよ」


 アマルは右手の親指で、隣の指にはめられた指輪を撫でた。


「でも、お話はわかりました。ねえ、ナジュワさん。どんな事情があっても、人に憑くのはいけないわ。強すぎる妖力にさらされ続ければ、人間は次第に衰弱してしまうの。お父さんが病気になったら悲しいでしょう?」


 ナジュワは息を呑み、険しい顔で横たわる父へと視線を落とした。それから、震える声で言う。


「そんな。あたしはただ、パパに言われて」

「何を言われたの?」

「パパを妖霊憑きにすれば良いって」

「詳しく聞かせて?」

「……あのね、退魔師のおじさんが集落から消えて嫌な気配がなくなった後、あたしはパパのところへ帰ったの。パパは喜んでくれたけど、ママじゃない誰かと結婚させられそうになっていた。そうなればもう、あたしとは一緒に暮らせないんだって。そんなの嫌だよって言ったら、パパも同じ気持ちさって言ってくれて。パパはね、妖霊憑きになれば結婚はなかったことになるだろうって言ったの。だからあたしはパパに」

「そんな戯言、信じるもんか!」


 ナジュワの言葉を断ち切るように、ウトバが割り込んだ。


「卑しい妖霊め。もっともらしい言い訳を並べても無駄だ。おまえは俺たちを憎んでいるんだろう。だから、ハルシブに取り憑いて衰弱死させようとした」

「違う!」

「違うもんか。弟は、妖霊女に誑かされ、人生を狂わされたんだ。これ以上、てめえらの好き勝手はさせない」

「違う違う違う! あたしはっ!」


 ナジュワの肩から、紫色の火花が散った。妖霊の魂から生まれる妖力の発露だ。


 ナジュワは、激情に喉元を圧迫されたように言葉を詰まらせる。深い紫色の瞳が潤んで涙が零れ落ちた。


 半妖とはいえ、まだ幼い女児が涙を流す様子に気勢を削がれたらしく、ウトバは歯を食いしばり罵倒を吞み込んだ。


 しばし、沈黙が場を支配する。見かねたマシュアルが言葉を発しようとした時。別の声が立ち上がる。


「本当ですよ、兄さん」


 掠れた声だった。アマルの膝元で、ハルシブが呻いて肘を突き、上体を起こす。ウトバは円陣から出て、弟を助け起こした。


「あ、出ちゃだめ……いや、もう大丈夫かな」


 アマルは頬を掻いて呟いてから、ウトバに場を明け渡した。


「ハルシブ、無事だったか」

「もちろん無事です。だって、取り憑くようにナジュワに頼んだのは僕自身なのですから」

「おまえ、娘を守ろうとしてそんな見え透いた嘘を」

「嘘ではありません。兄さん、どうか、自分の価値観を押し付けないでください」


 落ち窪んだ眼窩で、ハルシブの黒い瞳が爛々と光っている。


「彼らは悪ではありません。神は妖霊と人間を同等のものとして創造し、同じ言語を授けました。彼らも、人間と同じように暮らし、他者を愛します。もちろん、傷付きだってします」

「妖霊が俺たちの両親に対して働いた悪事を、忘れたわけじゃねえだろ」

「ええ。二人を食った食人鬼グールは憎い。できることなら今すぐに捻り潰してやりたい。ですが、ナジュワや僕の愛したひとが、いったいどんな悪事を働きましたか? 妖霊だからという理由だけで、全員が人と相容れないだなんて、あり得ない。人間にも悪人と善人がいます。妖霊だって同じです」

「ハルシブ、だがな」

「じゃあ試してみませんか」


 所在なげに見守っていたアマルが、不意に口を挟んだ。彼女は右手を持ち上げて、鈍い色に光る指輪をナジュワの額に突き付けた。


 突然のことに誰もが啞然とする中で、マシュアルだけがその行為の意味を理解していた。思わず円陣から飛び出して、アマルに駆け寄る。


「おい、アマル。それは……」


 悪を焼く神の指輪。


 前後の流れを冷静に反芻すれば、アマルが何を意図したのか察することができたはず。だが、この時は混乱していた上に、アマルにナジュワを祓わせてはならないと思い必死だった。


 マシュアルはナジュワの正面に身体を滑り込ませて鋭く言う。


「アマル、だめだ」


 凛とした声が響き、アマルが目を丸くする。しかし。


「ひぃっ⁉」


 悲しいかな、ナジュワを庇い壁となった背を「いやあああああ!」という引きつった叫びが打った。直後、強烈な火花を帯びた空気の塊が後頭部を襲う。


「ぐっ⁉」


 頭がぐわんと揺れ、雷に打たれたかのような衝撃が全身に走る。打ち付けられたのは妖力だ。


 肩越しに振り返れば、ウトバやハルシブは本能的に妖力の迸りを察したようで、身を屈めて己を守っていた。


 一方のマシュアルは案の定、何の前触れも察することができなかった。視線を前方に戻せば、アマルが大慌てで何かを叫んでいる。


 ああ、またもや不覚。糸が切れるように、意識がぷつんと途切れた。


 つくづく、妖霊が絡むと無様をさらしてしまうマシュアルであった。

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