9.試験
「それじゃあ、工房に来なさい。腕前を見せてもらおう。デニスは店番に戻りなさい」
「はい、ニコラス様」
デニスがニコラスには聞こえない声で、ぶつぶつと文句を言った。
「……黒い髪に黒い目の不吉な子どもにチャンスを与えるなんて、ニコラス様は何を考えているんだ……」
デニスは一瞬僕をにらんでから、店に戻っていった。
「早く来なさい」
先に歩きだしたニコラスが振り返り、僕をせかす。ニコラスは店の裏口から、隣の建物に入って行った。僕も後をついて行く。
店の隣の建物は、店と同じく石造りの二階建てで、中は工房になっていた。部屋の中央に大きなテーブルがあり、入口から右手の手前側にはかまどが並んでいる。右手の奥には薪が積まれていた。
部屋の左手側を見ると手前には大きな水がめが3つ並んでいる。左手の奥には箱がいくつかと、大きな棚があった。
ニコラスはテーブル脇の椅子に腰かけると、僕に問い掛けた。
「お前のポーション作りに必要なものはなんだ?」
「水と薬草、あと鍋とかまどを使いたいです」
僕がニコラスに返答すると、ニコラスは静かに頷いた。
「わかった。道具はその辺にあるものを好きに使って良い。薬草はあそこの箱の中に入っている。作るのに時間はかかるか?」
「お湯が沸いて冷めるのを待つので……一時間と少しくらい必要です」
「そうか。じゃあ、はじめろ」
ニコラスは僕の動きをじっと見つめた。
僕は深呼吸をしてから、棚から空の鍋を取り出してテーブルに置いた。水がめから柄杓で鍋に水を注ぎ、水の入った鍋をかまどに置いた。
鍋に入った冷たい水の中に、箱から取り出した薬草を一掴み入れる。
かまどに薪をくべ、火をつける。
僕は薬草と水の入った鍋を棒でぐるぐると混ぜながら、体の中をめぐる力が鍋の中の水に注がれることをイメージした。
ほんのり、体が温かくなる。
「……ほう、光っている? 発光するとは……そんなに強い魔力を持っているのか?」
ニコラスが食い入るように僕を見ているが、僕は目の前の鍋に集中した。
鍋が、ほんの少しだけど青白い光を放った気がした。そのまま鍋が沸騰するまで、同じスピードでかき混ぜる。
沸騰したところで、鍋を火の入ってないかまどに移した。
棚からガラス瓶と網とじょうごを取り出し、ガラス瓶にじょうごを差し込む。
鍋の中身を、薬草が入らないように網でこしながら、じょうごに注いだ。ガラス瓶が淡い緑色の液体で満たされる。
「これで、冷めれば完成です」
「ふむ」
ニコラスは僕とガラス瓶に入った液体を交互に見つめた。
「……お前は、どこで錬金術を覚えたんだ?」
ニコラスが感情の読み取れない目を僕に向けた。
「それは……」
『世界の理』のことを言っても大丈夫だろうか? と僕は不安になった。変に興味を持たれて『世界の理』をとりあげられたら大変だと思い、僕は言葉を濁した。
「ちょっと、色々あって……『ポーション』は作れるんですが、錬金術のことはよくわかりません」
「……そうか」
ニコラスは腑に落ちないという表情を浮かべていたが、それ以上何かを聞かれることもなかった。
ニコラスは黙っている。ゆっくりと時間が過ぎていった。
僕はガラス瓶に触れてみた。まだ熱さがのこっているけれど、ガラス瓶を素手で持てるくらいには、液体は冷めている。
「そろそろ、大丈夫だと思います」
「ふむ」
ニコラスはナイフを取り出し、自分の左手の甲に小さな傷をつけた。血がにじむ。
「そのポーションをよこせ」
「はい」
ニコラスは出来立てのポーションを受け取ると、傷口に一滴たらした。ハンカチで血とポーションを拭うと、もう傷は無くなっていた。
「……ふむ」
ニコラスは傷があったはずの手の甲をじっと見て、深く息をついた。
「……合格だ。明日から働いていいぞ」
ニコラスの言葉にホッとする暇もなく、僕は口を開いた。
「あの、僕、実は行くところが無くて……住み込みで働くことはできますか?」
ニコラスは右眉を上げ、僕をじろりと見た。
「両親の許可は得ているのか?」
「はい」
僕は嘘をついた。
「わかった。……工房の二階に空いている部屋がある。使ってもいいが、その分給料を引くぞ?」
「ありがとうございます」
「細かいことはデニスに聞け」
ニコラスは工房を出て店に向かった。




