1.出来損ないの僕
街はずれの丘の上に、瀟洒な洋館が立っている。僕はその館の主、ジャック・バレット男爵の三男として生まれた。
物心がつく前は、よくある貴族の息子として幸せに育っていた。
だけど、僕に魔法が使えないと分かった時から、父上と兄たちの態度が変わった。
***
正午の鐘が鳴り響く。
食堂の大きなテーブルに家族が揃っていた。
父上と兄たちはテーブルの奥に、母上と僕は入口のそばに座っている。
父上と兄たちの前には、よく磨かれた銀食器が並べられた。
僕と母上の前には、くすんでへこんだ食器が置かれる。
父上と兄たちのお皿には、ご馳走が並んでいる。
母上と僕の前には、古くて硬くなったパンと、具の無いスープだけが置かれた。
僕は、いつもの風景に気が重くなった。
窓から入る光を受けながら、長兄のカール・バレットが話し始めた。
「まったく、バレット家の恥さらしだよな、メルヴィンは。貴族なのに魔法が使えないなんて、家族だとは思いたくないよ」
カール兄さんが僕を見ずに言った。
「ほんとだよ。魔法が一つも使えないなんて信じられないよな」
次兄のパトリックは、父上に切り分けてもらった香ばしく焼かれた肉をほおばりながら頷いている。
「こんなやつが弟だなんて、恥ずかしくて誰にも言えないよ」
「ああ。俺もメルヴィンのことは誰にも紹介できないな」
カール兄さんとパトリック兄さんの視線が、僕に冷たく刺さる。
「……」
僕は食堂のテーブルの隅で小さくなって、固いパンと具の少ないスープを口に運んだ。
「父上は寛大ですね。こんな出来損ないを食卓につかせるなんて」
「……仕方がないだろう? 子を選ぶことはできない。お前たちと違って、無能な母親に似てしまったのだろうな」
父上は汚れたものを見るような眼で、僕と母上を見た。
食事を終えた父上と兄たちは、食後の祈りがすむとさっさと食堂を出て行った。
「メルヴィン、お皿をかしなさい」
「……はい、母上」
母上は父上や兄たちの食べ残しを僕の皿に乗せた。父上から、「お前のような出来損ないには、食べ残しでも贅沢だ」といつも言われている。
食べ残しも多いわけでは無い。僕のお皿がいっぱいになると、母の皿に乗せられるものはもう無い。僕は水を飲んで、ふう、とため息をついた。
「母上、僕はもうお腹がいっぱいです。母上が食べてください」
僕が笑って言うと、母上は悲しそうな顔で首を振った。
「メルヴィン、あなたは育ちざかりなのだから……食べなさい」
勧められた僕のお皿の上の、焦げた肉の切れ端や野菜のかけらを見つめていると、なさけなくて悲しくて、涙が出そうになる。僕はこんな食事でさえ、母上にわけ与えることができない。
僕は一口、二口食べて、もう一度言った。
「母上、僕はもうお腹がいっぱいです。残りは母上が食べてください」
母上は僕を見つめた後、うつむいて絞り出すような声で言った。
「……メルヴィン。……私が守ってあげなければいけないのに……ごめんなさい」
「母上。母上がいてくれるだけで、僕は幸せです」
僕はナプキンで口を拭き、立ち上がった。
「ごちそうさま」
まだ空いているおなかが鳴る前に、僕は急いで食堂を後にした。
***
「やっぱりここは落ち着くなあ」
僕は図書室の奥にある、小さなテーブルと椅子の前で深く息をついた。
「今日はどんな本を読もうかな」
図書室の本を一つずつ見ていく。
「……あれ? なんだろ? この本」
僕は眉間にしわを寄せ、『世界の理』と書かれた本を本棚から取り出した。
ノートの半分くらいの大きさで、崩れそうなほど古い本だ。そっとページをめくると、そこには『回復薬』の作り方が載っていた。
「え!? これって錬金術の本!? なんでこんなところに?」
錬金術を使える人は、魔術が使える人よりもずっと少ない。錬金術士は一つの国に数えるほどしかいないくらいだ。錬金術について書かれた本は、金や宝石よりも価値があり、ほとんどが王宮の中で大切に保存されているはずだ。
「……水に薬草を入れて、火にかけて魔力を注入する……か。……魔力の無い僕には無理だな」
本を閉じ、本棚に戻す。
僕は昨日読んでいた『魔術の使い方』を本棚から出し、読み始めた。でも、心は『世界の理』に奪われていた。
「……錬金術が使えたら、母上をつれてこの家から独立できるだろうな……」
さっきしまった本棚を横目で見て、ため息をつく。
読みかけの本の同じ個所を5回読んだところで、僕は立ち上がった。
「駄目でもともとだよね。……試してみよう」
僕は『世界の理』を本棚から取り出しハンカチで包んだ。そして、誰にも見つからないように静かに自分の部屋に戻った。




