ナンバルゲニア・シャムラードの日常 97
大きな熊の体温で少しばかり暖かい檻。シャムはそのまま鼻を寄せてくるグレゴリウスから離れるとそのまま檻を出た。
「また明日ね」
「わう」
元気に答えるグレゴリウスに満足げにうなづくとそのままシャムは正門へと向かった。
いつものようにざわつく正門をくぐり、その騒音の主である運行部の女性隊員の雑談を横目に急いで階段を駆け上がる。
人気の無い医務室を通過し、男子更衣室前を通り抜け、そのまま廊下を早足で歩いて実働部隊の詰め所に飛び込んだ。
「なんだ、お前が一番かよ」
一人で机に足を乗せてくつろいでいた吉田の遠慮ない声にシャムは照れ笑いを浮かべながら自分の席についた。
「次回のアンの演習の概要でも作るのか?」
机から足を下ろすと吉田は首に刺さったコードを引き抜きながらシャムが起動したばかりの端末を覗き込んだ。
「まあね。あの子も今が伸び盛りだから。いろいろ考えてあげないと」
「殊勝なことを言うねえ。まあいいや、ちょっと貸してみ」
そう言うと起動したばかりの端末のマウスを吉田が手に取った。画面のファイル選択カーソルを動かし次々にファイルを開いていく。
「まあ俺が傭兵やってた頃の演習用データフォーマットが俺の私物のサーバにあるはずだから・・・ほら見つかった」
めまぐるしく切り替わる画面が怪しげなコードが絡まる絵で構成された画面で止まる。吉田はすぐに先ほど自分の端末から引き抜いた首の端子に刺さったコードをシャムの端末の脇のスロットに挿しこんだ。
また点滅しているような速度で画面が変わっていく。
「やっぱりあれだな。『05式』向けに加工しないと使い物にならないか……とりあえず読み込めるようにして……」
独り言のようにつぶやく吉田。シャムは黙って彼の言うままに点滅する画面を眺めていた。じっと考え込むように親指のつめを噛みながら画面から目を離そうとしない。
「今度は廃墟の市街戦を想定した訓練を考えているの。こちらの戦力は楓ちゃんと渡辺っちがフォロー役。支援戦力でマリアのお姉さんの部隊が参加する形で……作戦目的はゲリラの要人略取」
シャムはそう言うと放心したような状態の吉田を見上げた。しばらく経った後、画面には廃墟の町が現れていた。
「ご注文通りだろ?で、ゲリラの戦力は?」
乾燥地と思われる背後に茶色の地肌をさらす山を背負った町の画面。すぐにその画面の視点は上空に飛び、その町の全景を示して見せた。
「M5が2機くらいかな……それと装甲ホバーが10両前後。武装メンバーはおよそ2000人で武装度はB+で一個中隊にテクニカルが二台つく感じの戦力がいいかな」
「おいおい、ずいぶんとでかい規模のゲリラじゃないかよ。殲滅戦じゃ無いんだろ?要人略取となると主役はマリアの姐さんの部隊だ。囮で引っ張るにしても2000人のうち8割程度を引き付けないと作戦遂行以前に姐さんの部隊が全滅するぞ」
慌てたような吉田。だがシャムはまるで動じていない。
「演習だからね。多少難易度の高い任務を想定しないと……実際こう言う任務が来ないとは誰も言い切れないんだから」
シャムははっきりした調子でそう言い切ると頭を掻いて天井を見上げている吉田に手を合わせた。