ナンバルゲニア・シャムラードの日常 96
「アタシ達も行こうよ」
「私はしばらく見ていくつもりだ。先に行ってくれ」
カウラの言葉。誠もじっとその横に立ち尽くしている。シャムは仕方なくそのままハンガーを後にした。
外に出ると急に気温が降下したように体が冷えるのが感じられる。ランニングが終わってしばらくは暖かかった体のままハンガーの中のエンジンの出す猛烈な熱を浴びていた。その為筋肉が冷えてきても温かさを感じていたせいで北風の吹きすさぶグラウンドの空気はことさら体に堪えた。
「そうだ、グリンに会いに行こう」
シャムはそう言うと小走りで隊の建物に沿って走った。
日陰は寒いのでそのまま大回りで正面玄関に向かうアスファルトの道を走る。まもなく夕方という時間。一番舞台の暇人達が珍しく仕事をする時間だった。
隊の車両置き場も人影は無く、洗車の後と思われる水溜りがその前に見えるだけで沈黙の中にあった。
「わう?」
車両の並ぶ銀屋根の隣の小屋。その檻の中の茶色い塊が動いているのが見えた。
「グーリン!」
シャムの声にグレゴリウス13世はすぐ気づいて檻の中で振り向く。満面の笑みだ。半開きの口で近づいてくる巨大な熊を見ながらシャムはそう確信した。
「わう……」
手前にある人の頭ほどの大きさの皿はすっかりきれいに舐めあげられていた。日中は留守になることが多いシャムということもあってグレゴリウスの餌やりは日中は警備部と技術部の車両管理班が交代で担当していた。
グレゴリウスの母は遼南でシャムとコンビを組んでいた名熊の熊太郎だが、彼女に比べると確かに明らかに劣るがグレゴリウスも馬鹿ではない。最初は彼等を脅して喜んでいたが、餌がもらえなくなると分かった最近では餌を持って近づく彼等には非常に紳士的に接するようになっていた。
「お昼はおいしかった?」
そう言いながらシャムは檻の扉を開く。シャムが大好きなグレゴリウスだが飛び出すと大目玉を食らうことは覚えているのでじっとシャムが入ってくるのを待っていた。
「……」
しばらく黙ってシャムを見つめているグレゴリウス。シャムはそのまま彼の近くによるとしゃがんでいるグレゴリウスの肩をぽんぽんと叩いた。
「ごめんね。今日は夕方の散歩は出来そうに無いよ。タコが来ているから今日は練習は試合形式になると思うんだ……」
「わう」
シャムの言葉が分かっているのかどうか分からないが少し甘えるようにグレゴリウスがつぶやく。
「だからいい子にしてるんだよ」
そう言うシャムにグレゴリウスは顔を寄せた。シャムの頭の倍以上の大きさの頭を撫でる。そのごわごわした毛皮の感触がシャムはお気に入りで何度もその頭を撫で続けた。