ナンバルゲニア・シャムラードの日常 91
「今日は確か柔道部の公開練習です。しかも男子の重量級がメインのはずですよ」
「神前……なんでそんなことを知ってるんだ?」
呆れてつぶやくカウラだがその事実がフェデロに与えるショックを考えると自然と笑みが浮かんでくるようだった。シャムもまた笑いながら工場に沿った道を走り続ける。
一台明らかに報道関係と思われる車がシャム達を追い抜いて行った。大きく敷地に沿って右に曲がる道を走っていく。そしてそのまま街路樹として植えられた常緑樹の向こうに消えた。
「もうすぐだね」
シャムは思わずつぶやいてそのまま前を見据えた。相変わらずフェデロは飛ばしている。すでに100メートル近い差がシャム達からついていた。
「あのカーブを曲がりきれば……相当がっかりするだろうな」
そう言う風に要に言われてついその時のフェデロの顔を想像すると笑みが浮かんでくる。フェデロはそのままカーブの向こうの街路樹の影に消えた。
シャム達はしばらくは黙って走り続ける。そして目の前に巨大な銀色の屋根とその下にならんだ報道車両と大型バスの群れが彼等の目に飛び込んできた。それに向かって明石の自転車を追い抜いてまで必死で走るフェデロの姿も目に入る。
「馬鹿が、まだ気づかないのかよ」
そんな要の言葉だが、ここまで見事にだまされているフェデロを見るとさすがに哀れに思えてきた。フェデロはそのままコースを外れて体育館に横付けされた大型バスの隙間に消えた。
「つまみ出されるだろ、あれなら」
次第に大きくなる屋根を見上げながらカウラがつぶやく。シャムも三人と同様に興味心身で前を見つめていた。時々走る取材スタッフ。工場の中で正門でチェックが済んでいるだけあってこういう場に必ずいるだろう警備員や警官の姿は無い。
「意外と大丈夫なんじゃないの。一応フェデロもここの関係者だし」
シャムの言葉に誠が噴出す。すでに明石は体育館から真っ直ぐ圧延板の貯蓄倉庫へ向かう側道に自転車を走らせていた。ランやロナルド、岡部などもちらりと体育館を一瞥しただけでそのまま明石の後を走っていく。
「あれ?フェデロを置いていくのかな?」
「そのうち戻ってくるだろ」
それだけ言うと目の前の大型バスの後ろを左に切るとそのまま体育館に沿ってしばらく走り、側道の少しばかり痛んだコンクリートの道を走り続ける。
「格闘技の練習にはいいかもな」
カウラのつぶやきにシャム達は大きくうなづく。前を見れば明石は自転車を止め、ランやロナルドは足踏みをしながらシャム達を待ち受けていた。
「説明があるみたいだぞ」
にやける要を見ながらシャムはわくわくしながら体育館の影で少しばかり寒く感じる北風にも負けずに走り続けた。