ナンバルゲニア・シャムラードの日常 89
「お前……そうだ」
ロナルドは思いついたように自転車をフェデロに差し出した。突然のことにフェデロは何も言えずに呆然と立ち尽くしていた。
「これ、返すわ」
「え……?」
当惑するフェデロ。何かロナルドに考えがあるのだろうと一同は二人を遠巻きに眺めていた。
「ええ、まあ。ありがとうございます」
フェデロはそう言うとそのまま自転車にまたがる。そしてどうしていいか分からないと言うようにそのままロナルドの顔を覗き込んだ。特にどうと言うことも無いというようにロナルドの青い目がじっとフェデロを見つめている。
「このまま……自転車を返してくればいいんですか?」
「まあそうだな。あまり大事にするなよ。うちはそれでなくても菱川重工には借りが多いんだから」
まるで何事も無かったかのようなロナルドの態度にしばらく自転車の上で困惑していたフェデロだがいたたまれなくなって自転車を降りる。
「なんだ?お前が借りてきたんだろ?」
「確かにそうですけど……」
「なら返すのもお前だろ」
「確かにそうなんですが……」
ロナルドの割り切った態度にどうにも裏があるように思えて自転車にまたがれないフェデロ。その様子が非常に滑稽でシャム達の顔にも笑顔が浮かんできた。
「アン!」
「何でしょう?マルケス中尉!」
疲れ果てて道路に腰掛けていたアンだが突然呼びつけられて跳ね上がるように立ち上がる。フェデロはそれを見ると満足したように自転車を固定してそのままアンのそばまで歩み寄る。
「貴様は……体力には自信が無いよな」
「中尉には勝てないですが……そんな自信が無いとか……」
うろたえた調子で急に威張りだすフェデロに答えるアン。
「無いよな!」
「はい!無いです」
いい加減でも一応は上官である。怒鳴りつけられれば白いモノでも黒くなるのが軍組織だった。そんなアンの様子に満足げにフェデロは言葉を続けた。
「実はこの自転車は航空機開発部の備品だ。そこの技師に知り合いがいてな……ちょっと借りてきたわけだが……俺はこれからランニングをしなければならない。となると……誰かが……返さないといけないよな?」
フェデロの目がちらちらとロナルドを見ている。その滑稽な姿に自然とシャムの口にも笑みがこぼれてきた。