ナンバルゲニア・シャムラードの日常 88
赤い屋根が見事な研究塔を抜けると両サイドには街路樹と言うより森のような緑地が広がっている。冬でもその常緑の木々は緑を湛えていた。走り続けるシャム達にとってそれはちょうどいい風除けだった。
「……説教してるのかな?」
シャムもここまで来ると息が切れて来た。それなりに無理をしたんだというように振り返った誠の顔は呆れている。
「……そうじゃないですか?」
誠が言った時だった。背後に急激に近づく気配を感じた。
まずロナルドが自転車に乗って通り過ぎた。そしてそれに続いて明らかに嫌々走るフェデロが続く。
「……ああ、あんなに飛ばして」
シャムの言葉に誠は息を噴出すとよろけそうになる。目の前の二人の突進は要とカウラの二人を追い抜いたところで落ち着いたようだった。
一騒動が過ぎて目の前を見ればすでに工場の正門は目の前だった。もう到着している自転車の明石とランが走るシャム達を待ち受けていた。
「おい!いんちき野郎!とっとと走れ!」
ランの罵声が飛ぶ。シャムが誠の後ろから顔を出せばもう手足がばらばらで疲れきったフェデロがロナルドに監視されながら走っているのが見えた。
「……もう少し!」
そう言うと誠がラストスパートをかけた。シャムは追わずにそのままのペースで走る。その横をアンが誠に釣られるように加速して通り抜けていく。
「もうすぐ……」
シャムは守衛室の前にしゃがみこんだフェデロとそれを見下ろしているロナルドを見ながらそのまま走る。ゲートを通ろうと減速する電気モーターの大型トレーラーと並走しながらシャムはゴールした。
「しばらく休めよ」
いかにも何か一物あるという表情のランの一言を聞いてシャムはそのまま腰を下ろした。真冬、北からの季節風が結構強く吹き付けているというのに走りこんだ体は熱を帯びていて寒さは感じなかった。
「さて、フェデロ」
ようやく切れた息が戻ってきたらしく開けたままだった口を閉じたばかりのフェデロを見下ろしてロナルドがつぶやいた。フェデロが調達したロナルドが片手で支えている自転車。動力アシスト付のそれには菱川重工豊川工場航空機製作工場のマークがサドルの下の動力部分にマーキングされていた。
「隊長……ちょっとしたお茶目じゃないですか……」
悪びれるつもりもさらさらないという表情で上官を見上げるフェデロ。ロナルドはどうにもこのお調子者の部下を相手にどうしたら自分の面子が保てるか考えているというようにサドルに手をかけながらしばらく考えていた。