ナンバルゲニア・シャムラードの日常 86
「馬鹿が……」
抜き去る瞬間にランがそうつぶやいた。シャムはそれにかまわずそのままピッチを上げて進む。
「シャム……えらい元気やな」
呆れつつシャムに並走する明石の口元に笑みが浮かんでいるのを見てシャムはさらに足取りを速めた。昼下がりの工場の循環路。低い冬の太陽がようやく部隊の塀を乗り越えてシャムに降り注いでいる。そんな壁もしばらく行くと途切れて右手には巨大な工場の建物、左には田畑が広がるのが見えてきた。
「……ここさあ」
さすがに息を切らしながらシャムは隣を平然と自転車で走る明石に声をかける。
「アタシの好きな場所なんだよね……」
「だから飛ばしたんか……アホやな」
明石の言葉を聞くとさすがにペースを上げすぎたとシャムは減速を始めた。しかしかなりの差をつけていたらしく、主に宇宙航行用エンジンを生産している銀色の工場の角を曲がって後方を確認するとランとロナルドが小さくまだ部隊の塀のところを走っているのが見えた。
「タコ……さあ」
「ワシはタコちゃう」
シャムの呼びかけを無視して明石は同じペースで自転車を漕ぎ続ける。シャムは言っても無駄だとわかってさらにペースを落とした。銀色の工場の隣にはグラウンドが広がっている。
東和都市対抗野球でも何度と無く優勝の栄冠を勝ち取っている名門社会人チーム、菱川重工豊川野球部の専用グラウンドである。すでに何人かの選手がユニフォームを着てランニングを始めていた。
「やっぱりプロを目指すのんは違うんやなあ」
明石が遠い目で彼等を見つめているのが見えた。シャムはぶすりと不機嫌になる。これまで三度地区予選で対戦しすべてコールド負けを喫しているものの、シャムの打率は4割を超えていた。
「……日ごろから練習してるからだよ」
「そないなこと言うたら今もワレはランニングして足腰鍛えとるやないか」
さすがにそう言われるとシャムは何もいえない。さらに先ほどの無理なペースアップでさすがのシャムの息も切れて来た。
「おー、やっぱり飛ばしすぎか?」
追いついてきたランがそう言ってシャムの背中を叩く。シャムはすっかりへそを曲げてさらにペースを落とした。岡部、カウラ、要がシャムを追い抜いていく。要は追い抜きざまにわざと振り返って嫌らしい笑みを浮かべてシャムを置き去りにしていった。