ナンバルゲニア・シャムラードの日常 85
ゲートの新入り警備員が警備部制式のカラシニコフライフルを手にして直立不動の姿勢でシャム達を迎える。その姿に自転車を止めて明石は彼等の前に立った。
「なにやっとんねん」
突然野球のユニフォーム姿の大男に声をかけられ、彫りの深い外惑星出身と思われる新兵は敬礼をした。
「自分は!警備をしております!」
「あのなあ。そないにしゃっちょこばっとれば不逞のやからは帰ってくれる言うんか?」
相変わらず手に銃を持ったまま微動だにしない。その視線だけはニヤニヤ笑っているジャージ姿のランを捉えている。ランが目の前の見たことの無い大男の乱行を止める気が無い。すなわち目の前のサングラスの禿はランの指示を受けないクラスの高級将校であることは間違いない。新人もそこまで判断がついて次第に顔を高潮させ始める。
「明石、そんなに新人苛めるんじゃねーぞ」
「はあ、でも先任……これじゃあいざと言うとき役に立ちそうに無いですよ……」
頭をさすりながら自転車にまたがる明石。それを見てすばやく詰め所に飛び込んでゲートを開く新人。
「姐御は厳しいからな。まあ慣れりゃあ力が抜けてくるんじゃねえか?」
「今の連中は力が抜けすぎだけどな」
要とカウラが笑いあう。ゲートが開くと明石は先頭に立って自転車を漕いだ。それにつられるようにして一同は一斉に走り出した。
菱川重工豊川工場は地球外では屈指の規模を誇る総合重工業施設である。シャムは先頭を走るランとロナルドの後ろに続いてその二人の間から前を見るが、いつもどおり工場内循環路は視界の果てまで延々と続いている。
「どうします?生協経由がええんとちゃいますか?」
「馬鹿言うな。途中休憩は無し!このまま工場正門まで行って往復だ」
ランの言葉にシャムは思わずげんなりした。振り返ると要と誠が呆れたと言うように顔を見合わせている。
「ったく……なんで俺まで……新兵じゃねえってんだ」
「フェデロ!聞こえてんぞ!」
愚痴るフェデロを振り返ってランが怒鳴りつけた。循環路には次々と圧延鋼やシートの被さった重機部品を満載した電気駆動のトレーラーが行き来する。
「なんだか目立つんだな」
「いつも自転車だからわからねえか……結構トレーラーのアンちゃん達はアタシ等を見てるもんだぞ」
要は久しぶりのランニングに戸惑いながらランの言葉を聞いてずるずる後ろへと後退した。
冬の北風が一同を迎える。ちょうど追い風になっていて走ることの邪魔にはならないが、帰りにはそれが向かい風になることを想像するとさすがのシャムも黙って走り続けるしかなかった。
目の前に工場内循環バスの停留所が現れる。
「あと2.8キロ……」
「誠ちゃん。そんなこと計ってたら疲れるだけだよ」
残りの距離をつぶやく誠に一言言った後シャムは思い切ってそのままロナルドとランの隣を抜いて一気に加速をしてみた。