ナンバルゲニア・シャムラードの日常 83
「さてと……ぐだぐだやってても仕方ねーか」
そう言うとランはそのままシャム達の間を抜けて扉にたどり着く。そして振り返り周りを見渡した。
「出来るだけ早く来いよ。さもねーと野球部の練習時間潰すからな」
ランの言葉にびくりと反応したのは野球部の監督でもある要だった。無言でそれまでのゆっくりした動作を加速させる。その様子にニヤリと笑ってランは部屋を出て行った。
「おい、カウラ!早くしろよ」
「それならシャムにも言えばいいだろ?」
ぶつぶつつぶやく二人を見てほほえましいと思ってシャムはアンダーシャツに袖を通した。
「早くしろ、早くしろ」
「うるさいんだよ」
あいかわらずの二人。シャムは黙ってジャージのズボンを履く。
「ああ、あとはズボンと……」
「だからうるさいんだよ」
カウラのぼやきを聞きつつジャージの袖を通す。そしてジッパーを閉めて何度か腕を回す。
「じゃあ行くわね」
「待てよ……シャム」
「要ちゃん。早くしなよ」
シャムはそう言い残して半分履きかけのスニーカーを引きずって更衣室を出た。廊下では相変わらず運行部の女性隊員がなにやら雑談を続けている。それを見ながら玄関の階段まで来るとシャムは履きかけのスニーカーの靴紐を締めなおし始めた。
「ナンバルゲニア中尉、ランニングですか?」
そう言って話しかけていたのは玄関に並べられた鉢植えのシクラメンに水をやっていた医務官のドムだった。健康優良児だらけの保安隊では任務でも無い限りは彼の出番と言えば健康診断くらいのものだった。かと言って司法執行機関と言う性格上、いつけが人が出てもおかしくない職場ではある。だから大概は彼はこうして植物を育てて時間を潰している。
「うん。今日も3キロ」
「出来ればヨハンをつれてってやってくださいよ……アイツはぜんぜん運動する気もやせる気も無いみたいで……」
やはり彼も医者である。肥満体型のヨハンが下士官寮で食事管理を受けているのも彼の発案だとシャムは聞いていた。
「でも急に走ったら体に悪いよ。アタシ達、結構飛ばすから」
「なら仕方ないね……アイツには別メニューを組んでおきますか」
そう言うと納得したようにドムは如雨露を置いて玄関へと消えた。シャムは結び終えた靴紐の感触を確かめながらそのままグラウンドへと続く道を歩き始めた。