ナンバルゲニア・シャムラードの日常 74
「まずアタシが言いたいのは……わかるよね」
「法術の使用タイミング。焦りすぎました」
直立不動の姿勢でシャムに答えるアン。その態度と的確な言葉に感心したようにつなぎ姿の島田がうなづいている。シャムはそれを一瞥すると言葉を続けた。
「初期の情報でアサルト・モジュールは2機移送された可能性があると分かってたよね。なら当然二機が同時に起動している可能性も考えられるでしょ?」
シャムの言葉に静かにうなづくアン。シャムはしばらく腕組みをした後、先ほどの端末を起動させて慣れた手つきでキーボードを叩いた。
「今回のミッションの概要。まとめておいたからこれに目を通してレポートお願いね。提出は明日の夕方。大丈夫?」
「大丈夫です!では……」
そう言うとアンは先ほど整備班員達が器用にケーブルと伝って降りていったのを思い出して通路から身を乗り出した。下まで優に8メートルはある。
「止めとけ止めとけ。地道に移動だよ」
島田がそう言うとアンは通路の手すりから手を離して先ほどのコードの森に向けて歩き出した。
「やっぱり教官経験者は違いますね」
「正人……茶化さないでよ。アタシだって一杯一杯なんだから。ランちゃんのようには行かないよ」
「まあ……あの御仁は根っからの教官ですからね」
島田はシャムの言葉を聞くと制帽を被りなおして通路の手すりに手をかける。
「それじゃあ!」
「うん!」
降りていく島田を見てシャムもまた手すりに手をかける。下を見る。木登りの得意なシャムなら余裕で降りれることは分かりきっていた。
「でも……先輩として見本にならないと!」
自分に言い聞かせるようにしてそう言うとシャムはアンが消えていったコードの森に足を踏み入れた。
相変わらず一見不規則に並ぶ太いコードと色とりどりの端子。その間には太いパイプが何かを流しながらうなりを上げている。
『シャム!シャム!』
遠くで吉田の叫ぶ声が響く。
「ああ、3キロ走の準備か……」
少し照れながらシャムはそのまま狭苦しい通路を塞ぐコード類でさらに狭くなった道をはいつくばって進んだ。