ナンバルゲニア・シャムラードの日常 63
「しかし……隊長も気前がいいな」
吉田はそう言いながら第一小隊の三機を固定している足場に上るためのエレベータに飛び込んでそうつぶやいた。
「一応アタシ達がすべての引き金を引いたんだから。処理はしないと」
面倒そうな吉田をシャムは苦笑いを浮かべながら見上げる。ゆっくりと鉄製の網で覆われたエレベータが上がり始める。ハンガーには整備班員達が食後の軽い運動としてキャッチボールをしていたようで島田達のグローブを新入隊員達が回収している様が見て取れた。
「出口から……ちょっと気をつけてくださいね」
上等兵がそこまで言うと昼休みの終わりを告げるサイレンが隊舎に響いた。シャム達の目の前。ランの一号機に向かう通路には太いケーブルが何本も壁の端子から延びており、そのままそれはランの小柄な体型に似合いの小さなコックピットハッチへとつながっている。その前には頑丈すぎるように見える椅子とモニター付の端末が置かれていた。
「まあヨハンが通れる程度の場所なら俺達なら問題は無いよ」
そう言うと吉田は静かに通路を歩き始めた。シャムとアンは珍しそうに太いケーブルから伸びる色とりどりの細いケーブルとそのあちこちにつけられた計測機器に目を奪われながら進む。
「第一小隊三号機でシミュレートします?それとも……」
「俺の機体だと二人には分からないだろ?シャムの奴の機体を使うよ」
そう言うとそのまま一号機の取り外したバックパックから伸びる数知れない数のケーブルの下をくぐりながらそのまま四人は通路を進んだ。表側とは違い、あちこちの装甲板がはがされたり半分開いた状態で固定されていることが良く見える。その開いた部分には多数のメモ書きが貼り付けられ、その半分以上からは後ろの壁の端子に向けてコードが延びて機体の状態のチェックが行われていることがわかった。
「こうしてみるとやっぱり整備は大変だね」
感心したようなシャムの言葉に先頭を歩いていた上等兵は苦笑いを浮かべながら振り向いた。
「まあ『05式』は特に手がかかる機体ですから。それにうちに出動が出るときは次に整備できる状況が整うのがいつになるか分かりませんからある程度細かいところまでチェックしているんですよ」
「そうだよね。遼南内戦の時はこんな施設は無かったから戦闘中の故障も多かったし」
シャムの言葉に実戦経験者の風格を見て取ったのか上等兵の目が尊敬の光を帯びているように見えてシャムはむずがゆい気持ちになった。
「ここからはちょっと気をつけてくださいね。太いコードは踏んでも良いですが細いのはお願いですから踏まないでくださいよ」
上等兵がそう言ったのはシャムの白銀の専用機が目に飛び込んですぐのことだった。シャム達がよく目を凝らせば目の前の通路には無数の電線がシャムの白銀の機体から伸びて壁を這うようにして下へと伸びているのが見える。先頭を歩く吉田は自分の義体が優に100キロを超えていることは知っているので慎重に足場を選びながら慣れた調子で進んでいく上等兵の後をついて歩いていった。