ナンバルゲニア・シャムラードの日常 44
シャムがめんどくさそうにキーボードを叩き始めるのにあわせたように一斉に部屋中の音が消えた。
ランは静かに手元の訓練結果の資料と画面の内容を精査し始めた。相変わらず吉田は目の前で組み上げられていくプログラムを黙って見つめている。アンはちらちらと誠に目をやりながらポケットから出した検査結果の用紙に目を走らせていた。誠はその視線をいかにも嫌がっているというような苦笑いを浮かべながら画面を覗き込んだまま微動だにしなかった。ただ一人ぽつんと第四小隊の机の島に取り付いていたロナルドは手にした英字新聞を真剣な顔つきでにらめつけている。
沈黙。それは一番シャムが苦手とするところ。
「ウガー!」
飛び上がるように立ち上がるシャム。いつものことなので部屋の全員の糾弾するような視線を慣れた調子でシャムに向けた。
「シャム。もうすぐ昼だから西園寺でも呼んで来いよ」
気を利かせてランがめんどくさそうにつぶやく。シャムの顔はその一言で一気に笑顔へと変換された。
「やっぱり射場かな」
「そうじゃねーのか?アイツがただタバコだけ吸って済ませるとは思えねーからな」
ランは投げやりにそう言うと再び目の前の資料に目を落とした。笑顔を輝かせて130cm強の体には明らかに大きすぎる事務用の椅子から飛び降りるようにしてシャムは走り出した。
「転ばないでくださいよ」
これもまた投げやりにそれだけ言うと誠は頭を掻きながら決心がついたと言うようにキーボードを叩き始める。その様子ににんまりとした笑いで答えるとシャムは廊下へと飛び出した。
ドアを開けると一気にハンガーから流れ込む冷気と重機の低い音がシャムを包み込み、彼女は思わず首をすくめた。
『そこ!右腕部のアクチュエーターの調整は最後だって何度言ったらわかるんだよ!それより骨格部の強度チェック!それが終わったら流体動力装置の再点検!そのくらいの手順は覚えてくれよ!』
先日の異動でこの惑星遼州の衛生である麗州からの新入隊員の指導を任されている技術部の事実上のナンバー2である古参隊員島田正人技術准尉の叫びがこだましている。
「たいへんだな……正人も」
そうつぶやくとシャムはそのままハンガーに向かう廊下を歩き始めた。