ナンバルゲニア・シャムラードの日常 40
「おい、シャム。くだらねえこと言ってねえで仕事しろ!アンの性癖がどうだろうがテメエにゃ関係ねーじゃねーか!」
思わず怒鳴るランにシャムがしょげたように自分の席に戻る。その様子をニヤニヤ笑いながら眺めるロナルド。
「そう言えばアメリカは多いんじゃないのか?ゲイ」
吉田の言葉にしばらく呆然とした後苦笑いを浮かべながらロナルドは頭を掻く。
「まあ……公然と認めてる芸能人が多いのは事実だけど……今の結構世論は保守的だからね。田舎に行けば相変わらず差別もあるし……まあ東和とたいして変わらないよ」
「へー……じゃあアイシャとかが好きな小説とかは読まれないんだ」
シャムの言葉にまたしばらく思考停止したように彼女を見つめるロナルド。その表情が彼自身がいわゆる『保守的』な人間で同性愛に不寛容であることを示しているようにその場の誰にでも見て取ることが出来た。
「そうだね。メジャーな書店では表には出ていないかな。日本で売れてるそっちの系統の雑誌を表に出してた大手の書店が市民団体の不買運動とかで引っ込めた事例もあるくらいだから」
「ふーん」
『市民団体』、『不買運動』。難しい言葉が出てきて明らかに興味を失ったと言うようにシャムはそのまま端末に目を向けて作業を始めた。
「静かだな……」
首筋のジャックから端末へつながるコードをいじりながら要が呟く。確かにいつもならまじめに仕事をしようとする誠をからかいに来るアイシャの乱入も、要が壊した機材の請求書に一筆添えてくれとカウラに泣きついてくる管理部経理課長の菰田曹長の姿も無く淡々と時間が流れた。
「昼飯は……どうしようかな……」
「西園寺。お前が一番うるせーな」
端末に映っている難しそうな部隊運用規則の草案を眺めていたランがただですら目つきの悪い瞳で貧乏ゆすりを続ける要をにらみつけた。要はランの幼く見える表情から怒りの意図を見つけると何度か頷いて貧乏ゆすりを止めると斜に座っていた椅子にしっかりと腰掛けてモニターに目をやった。
シャムはその有様を横目に見ながらひたすら手にした請求書の数字を起動した請求書類用のソフトの項目に打ち込む作業に集中していた。
「おい、シャム。ミスタイプが多すぎるぞ」
思わず吉田の声が飛んだ。シャムは顔をしかめながらモニターの横からふんぞり返って目をつぶっている吉田をにらみつけた。