ナンバルゲニア・シャムラードの日常 29
「やっぱりあれですか?先日の法術演操の件で……」
「そういうこった」
ランはそこまで言うと吉田を置いて歩き始めた。シャムは食べ終わった容器を手に取ると説明してくれというように吉田を見つめた。
「あれだ、先日神前達がギルドとアメリカ軍関係の連中とかち合っただろ?」
「かちあった?」
明らかに理解していないというような顔のシャムに吉田は目を落としてどう説明するか考え直した。
「あれだ、水島とか言う法術師が神前達につかまったろ?」
そこまで言われてシャムもようやく事態が飲み込めてきた。
遼州。この地球から遠く離れた植民惑星には初めて地球外の知的生命体が存在していた。彼等は自らを『リャオ』と呼び、前近代的な暮らしを営んでいた。そこに当時地球で政情が不安定だったアジアを中心とした移民がどっと訪れ、『リャオ』と見分けがつきにくいアジア人が多数この地に殖民した。しかし、それは『リャオ』達がもつ特殊な能力との出会いを意味していた。
読心術、発火能力、空間干渉能力などの地球人からすれば恐ろしい武器にもなりうる能力を持つ『リャオ』達。彼等への弾圧はついには殖民した開拓者や外部惑星で治安を担当していた軍隊までも引き連れての地球からの独立を目指す運動へと加速していくことになり、殖民惑星としては初の独立国家が次々と生まれることになった。
そんな中で経済的に突出している上に『リャオ』の血を引く人々の多く住む東和共和国はいくつかの問題を抱えていた。混乱期に使われたそれらの能力『法術』は存在さえ忘れられていたが、二十年前の戦争とその後の混乱でテロリスト達に利用されて隠すことができなくなったということで同盟司法局保安隊隊長嵯峨惟基は外惑星でのクーデター未遂事件『近藤事件』の際、大々的にその能力を再び人々の記憶の奥から引っ張りあげることになった。
今。白日にさらされた法術は社会にさまざまな混乱をもたらすようになっていた。
法術を誤解しての差別はその一つだった。そのことに反抗して犯罪に走る法術師がいるのもまた事実だった。そんな法術師の引き起こした事件のひとつが先日の『演操術事件』だった。法術師の中には他人の能力を暴走させる力を持つものがわずかながら存在していた。そんな一人、水島勉は法術適正検査で陽性が出て会社を解雇された腹いせに違法な法術行使を実行。ついには死者まででる事態となった。
そしてその身柄の確保に動いたカウラ・ベルガー大尉貴下の保安隊実働部隊第二小隊は同じく水島の略取を狙ったテロ組織の猛攻を避けて何とか任務を成功させた。
「で?それでどうするのかな?」
ようやく事態を飲み込めたように見えるシャムだが、説明を面倒に感じた吉田は弁当を食べ終えて自分の部屋戻ったグレゴリウスの檻に鍵をかけると安心したようにシャムの肩を二度叩いた。