ナンバルゲニア・シャムラードの日常 142
「そこで、ワシは言ったわけやが……」
明石の言葉にシャムは息を飲んだ。沈黙が場を支配する。いつの間にかランも岡部も箸を休めて明石の言葉に聞き入っていた。
「なんて言った思う?」
「……うーん……」
考えるシャム。打たれるはずがないのに打たれる。シャムは今回の誠が初めて見るケースだった。それを18歳で目にした明石。その言葉がどんなものだか想像もつかない。
「分からんか?」
「……うん」
渋々認めるシャムににんまりと笑顔を浮かべて見せる。明石はそのまま茶碗を手に取ると再び一口汁を啜った。
「打たれてみ、言うたったわけや。ええやん。打たれとうないって投げて打たれるんなら打たれて当然や思うて打たれた方が気が楽やろ?」
「でもそしたら打たれるよ」
シャムの言葉に明石は意味ありげに誠を見る。シャムもその視線を追った。確かに誠は打たれなかった。おそらく明石が言ったのも先ほどと同じ言葉だろう。
「でもなんで?」
素直なシャムの疑問に明石は大きく頷いた。
「あのなあ。母校やから言うんとちゃうが一応帝大は最高学府や。アホは入れん大学や。そこで酔狂に野球を仕様なんて言う輩はそれなりの覚悟があってやっとる。最低限の時間でできる筋肉トレーニング。より速い球を投げるためのフォームの修正。変化球の微妙な握りを研究しての独特な変化をする持ち球。一つ一つは野球一本でやってきた実業大やらの連中にも負けへんものがある……では無いのはなんや思う?」
「ええと……自信かな?」
シャムのとりつくような言葉に明石は満足げに頷いた。
「それやねん。実績言うものは人を大きくするもんや。実力が同じでも実績が違えば出せる力の差は数倍にも跳ね上がるもんや。自信を持て言うて持てるならワシかて誰にだって一日中言い続けてもええ思うがそれは無理な話やからな。自信が無いところからの出発……難しいで」
それだけ言うと明石は手にしていたどんぶりから一気にお茶漬けをのどに流し込む。その見事な姿にシャム達は目を引きつけられた。
「でも……打たれていいのと自信とどう関係するの?」
食べ終わって一息ついた明石にシャムは尋ねた。明石はただじっと茶碗を見つめた後、静かにそれを鉄板の隣に置いた。
「自信をつけるには実績が一番の薬やけど……これを手にするのはなかなか難しい。正直、才能が上の相手を迎え撃ってそれを倒してこその自信やからな……なかなか難しい」
まるで自分に言い聞かせるように明石はそう繰り返した。