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ナンバルゲニア・シャムラードの日常 141

「ご苦労さん」 


 明石は茶漬けを受け取るとそう言って笑った。こういうときでもサングラスは外さない。隣のランも楽しげに茶漬けに箸を伸ばす。


 軽く茶碗の中をかき混ぜると明石は静かに汁を啜り込んだ。


「ええなあ、こういう時の茶漬けは」 


 しみじみとそう言いながら黙って座っているシャムを見つめる。少しばかり恥ずかしそうに箸を持った手で頭を掻くと明石は静かに茶碗を置いた。


「ナンバルゲニア。聞きたいことがあるんちゃうか?」 


 突然の明石の言葉にシャムはあまさき屋に着いてから常に疑問に思っていたことを思い出した。


「うん、あるよ」 


「ならはよう言わんとな……神前のことか?」 


 静かな調子でつぶやく明石にシャムは素直に頷いた。しばらく遠くを見るように視線をそらす明石。その先には裸で寝っ転がっている誠がいた。


「ワシが帝大の野球部に入ったときはひどいもんやったわ」 


 昔を思い出す表情。明石にどこか照れのようなものが感じられてついシャムは意地悪な笑みを浮かべてしまう。それを知って知らずが明石は言葉を続ける。


「入学前から知っとったが帝大野球部は29期連続勝ち星なし。しかも平均失点が8点。そのほとんどが5回以内で先発が捕まって勝負が決まっとる……そんなチーム。どない思う?」 


 シャムは突然明石に話題を振られて戸惑うように首をかしげた。シャムはそのようなチームに所属したことは無い。遼南の出身高校の央都農林高校は強豪校で知られ、シャムと同期には後に東都でプロになった速球派のエースがいた。ピッチャーが粘るから打線も守りも手が抜けない。そんな環境を経験してきたシャムには未知の世界。明石は笑顔を浮かべた。


「入った直後は一年坊主や、ワシも。確かに高校時代はそれなりに打撃で顔は知られとったがいきなりブルペンで球を受けろと監督に言われたときは肝を冷やしたわ。ぽこぽこ打ち返されることで有名な投手陣と言ってもみんな先輩や。下手に『これならワシでも打てまっせ』なんて言おうもんならどないなことになるか……」 


 そこまで言うと明石は再び茶漬けに手を伸ばす。静かに一口啜り込むとじっと口の中で味わっているように視線を落とす。シャムがそんな明石から目を離すと隣で明石の話に聞き込んでいるランと岡部の姿があった。


「正直びくびくもんや。どんなひょろひょろ球が来るか……逆に怖かったくらいや……で、どんな球が来たと思う?」 


 急に問い返されて慌てたシャム。顔が赤く染まるのが自分でも分かる。そんなシャムを面白そうに楽しんだ後、明石は口元を引き締めた。


「ちゃんとええ球が来たんでびっくりしたわ。キャッチボールの時の球に毛が生えたようなのが来る思うとったのがびしばしミットに響く力のある球や。二年生の補欠まで受けたが数人外れは確かにおったが……なんであんなに打たれるのか不思議な感じがしてな……」 


 明石はそう言うとじっとサングラス越しにシャムを見つめる。シャムは話がようやく本題に入ってきたのに気づいて握る手に力を込めた。




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