ナンバルゲニア・シャムラードの日常 138
「シャムか。上は相変わらずみたいだな」
笑顔のマリアの声に直属の部下達も興味深そうにシャムを見つめている。
「まあいつものことだから」
「休めるときは休むのがこの業界のしきたりだ。一度ことが起こればもう取り返しがつかないからな」
厳しい口調のマリアに周りが凍り付くような気配を感じた。幸い他の客はいなかった。
シャムはマリアのことは好きだが、どうもこの不意に訪れる緊張感というものに耐えきれない。ただ愛想笑いを浮かべて周りを見渡す。
「そう言えば菰田君達は?」
シャムの言葉に首をひねるマリア。その時小夏がシャムの肩を叩いた。
「逃げましたよ、アイツ等なら。どうせまたぐだぐだになるなら巻き込まれたくないっていった感じで……」
そんな小夏の告げ口にシャムは大きくため息をついた。
「そんなだからカウラちゃんに嫌われるんだよ。写真を部屋に飾って喜ぶのが好きってことじゃないぞ!」
「おう、シャム。いいことを言うじゃないか」
テーブルに肘をつきながらショットグラスをちらつかせるマリア。シャムもそんなほろ酔いのマリアは美しいといつでも思っている。
「そうだよ、だっていつも好きだ好きだって言ってるくせに本人の前では堅くなっちゃって……かと思えば誠ちゃんに嫌がらせをしたりとか……本当に卑怯だよ」
「まあ卑怯ついでなら神前の奴も相当な卑怯者だと思うがな」
マリアの言葉にマリアが故郷の第六惑星系連邦の独立戦争に参加してきたときから付き従っている猛者達も大きく頷く。
「誠ちゃんが卑怯?」
今ひとつ言葉の意味が分からずにシャムは首をひねった。そんなシャムをからかうような笑みを浮かべた後、マリアは軽く手にしていたショットグラスの中のウォッカを煽った。
「そうじゃないか。カウラが常に自分のことを気にしているのにそれに誠実に応えるようなところは見えないじゃないか。西園寺のへそ曲がりやアイシャの馬鹿とは違って見たまんま本気で自分に感心がある女に何も応えないのは誠実と言えるか?」
シャムはマリアの少し上から見ているような視線に戸惑いながらしばらくその言葉の意味を考えていた。
「確かにカウラちゃんが一番普通に誠ちゃんのことが好きみたいだけどね」
「そう思うだろ?」
上機嫌でマリアは自分の名前の書かれたウォッカの瓶を傾ける。
シャムも三人とも誠を嫌いでは無いことは分かっている。でも誰を応援したいと言うことは特になかった。要は一緒に騒ぐのにはいいが本心で自分と騒いでくれているのか微妙なところがあると感じていた。アイシャも自分の人造人間という生まれを必死に克服しようとしすぎていてその為に誠を利用しているのではないかと感じることもあった。
だがカウラはまだ培養液から出て8年しか経っていない最終ロットの人造人間だった。アイシャのような余裕は無いし、要ほどすれてもいない。
マリアはそんなところでカウラを気に入っているのだろうか。そんな疑問を感じながらしばらくカウンターの前で立ち尽くしていた。