ナンバルゲニア・シャムラードの日常 127
「お待たせしました!」
誠が颯爽と階段から現われると春子の前にとっくりを置く。
「ありがとね。それじゃあ飲みましょ」
そう言うと春子は手酌で熱燗をおちょこに注ぐ。ビールを飲みながらパーラはその様を見ていた。
「まあ春子さんの方が一枚上だからな」
「なに?俊平何か知ってるの?」
静かに酒を飲む春子を見ながらの思わせぶりな吉田の言葉にしばらくシャムは首をかしげていた。
「あの人の前の旦那。小夏の親父のことはお前も知ってるだろ?」
「ああ、今は留置所にいるんだよね。まだ裁判は結審していないんでしょ?」
小声でつぶやくシャム。春子の夫は四年ほど前まで東都の港湾部の難民居住区を中心とした地域でのシンジケート同士の抗争で四人の警官を射殺した容疑で逮捕されていた。離婚はすでに成立していたことはシャムも知っていた。上告はしているがおそらく一審で出た死刑が覆ることはまず考えられない。
「確かに浮気ぐらいなら全然かわいいところなのかもしれないね」
そう言うとシャムはグラスを干した。
「お母さん!お酒飲んでばっかりじゃなくて……」
「小夏、ええねん。そこのでくの坊二人!」
階段から顔を出して文句を言おうとする小夏を制した明石は下座でビールをちびちびとすすっている菰田とソンに目をつけた。
「お前等今日はここの従業員や、ええな?」
「え?」
明石の言葉にしばらく言葉が出ない菰田。助けを求めるようにソンがランに目を遣るが、ランはまるで言うことは無いと拒絶しているようにビールを飲んでいる。
「上官命令……OK?」
上機嫌の要の声にうなだれる二人。要はそんな二人を見て思わず隣のカウラを肘でこづいた。
「ああ、よろしく頼むぞ」
劇薬のようにカウラの言葉はよく効いた。二人ともカウラファンクラブ『ヒンヌー教』の幹部である。そのまま先を争うようにして階段を駆け下りていく。
おもわず取り残されて呆然とする小夏だが、さすがに自分がいないと二人が何をするのか分からないのでそのまま階段を下りていく。
「効くなあ……おい。ファンがいるとはうらやましいねえ」
「心にもないことは言わないことだ」
静かに半分ほど飲んだビールを一気に飲み干すカウラ。少しばかり酔いが回ってきたようで白い頬が朱に染まっている。
「本当に面白いね」
「まあいいんじゃ無いの?」
その様を見ていたシャムが吉田に声をかけるが吉田はつれなくそう言うとビールを飲み干した。