ナンバルゲニア・シャムラードの日常 125
「エビか……」
「どうしたのかしら?シャムちゃんはエビが嫌いなの?」
どことなくおかしな空気になってきたことを察したように春子の声が小さくなる。そのとき小夏が消えていった階段から長身の女性の姿が目に飛び込んできた。
「おう、アイシャ。サラも一緒か?」
明石の声に黙って頷くアイシャ。そしてサラもその後に続いて空いた鉄板に腰を落ち着ける。しかしその後ろにピンク色の長い髪が翻っているのが見えた。
「パーラ。来たのか?」
ランの言葉に黙って頷くと、パーラはそのままつられるようにサラの隣の座布団に腰を下ろす。
沈黙が場を支配したことで察しのいい春子はこの沈黙の原因が自分の『新港』という言葉とパーラがつながっての出来事だと理解しているようにシャムには見えた。
「お母さん、ビール」
「あ、小夏。ご苦労様。それと熱燗を一つつけてもらえるかしら」
「え?……うん、いいけど」
シャムと馬鹿話をしたかったと言う顔の小夏が不思議そうな顔で階段を下りていくのが見える。春子はただ黙って突出しをつついているパーラの前にビールの瓶を持って腰を下ろす。
「女将さん?」
「いいから、黙って」
春子の態度を見てアイシャがそっとパーラの前にグラスを置いた。仕方がないというようにパーラがそれを手に取る。春子は静かにビールをグラスに注いだ。
「みんなまだだけど、ランさん。いいわよね?」
「ああ、パーラは今日は特別だ」
ランの頷きつつのつぶやき。それに促されるようにしてパーラはグラスを干した。
「いい飲みっぷり。じゃあもう一献」
軽くグラスを差し出すパーラに春子はさらにビールを注いだ。
「何も言わなくていいからね。何も」
そう言うと春子はそのまま大きく深呼吸をしているパーラを置いて黙って自分達を見つめていたシャムのところまで戻ってきた。
「どうする?シャムちゃん」
先ほどまでのパーラに対して使っていたしっとりとした響きの言葉が一気に気っぷのいい女将の口調に戻る。
「じゃあ新エビの三倍で!」
「はい!じゃあ他の人もどんどん頼んでね」
「女将さん。ワシの金や思うてあおらんでくださいよ」
ようやく重苦しい雰囲気が取れて安心したというような表情で明石が泣き言を叫んだ。