ナンバルゲニア・シャムラードの日常 122
景色が変われば気分も変わる。
「でもタコさんはなぜ来たのかな?」
シャムの言葉が少しばかり元気になっているように響くのはあまさき屋が近づいているからだろう。吉田はそれに応えるわけではなくただ車を走らせている。
「ねえ!」
「俺に聞くなよ。どうせすぐ分かること何じゃねえの?」
吉田はそう言うと少し乱暴に車をコイン駐車場に乗り入れた。急な衝撃。シャムは思わず吉田を睨み付ける。
「はい到着」
気にする様子もなくサイドブレーキを引く吉田。二人はシートベルトを外してそのまま車を降りた。
夜の繁華街。都心部でもないこの豊川の町はかなり寂れた印象がある。だが二人ともその雰囲気は嫌いでは無かった。
「寒いね」
「冬だからな」
当たり前の会話が続く。アーケードの脇の路地を進む二人。時折カラオケのうなり声がスナックの防音扉から漏れるのが聞こえてくる。
「また……やるんだ」
目的地のあまさき屋の裏まで来たところでそのまま裏通りを進もうとする吉田に呆れたように声をかけるシャム。
「当たり前だ。ポリシーだよ」
そう言うと吉田はそのまま裏路地に姿を消した。シャムはそんな吉田を見送ると表通りに進路を取った。
「なんだ?シャム一人か?」
店の前、ちょうど到着していたのはランと明石だった。
「え?ええ、まあ」
「吉田のアホはまた裏からよじ登るつもりやな。毎度飽きない奴やなあ」
呆れたような顔で紫の背広の明石があまさき屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!」
それなりに客のいる町のお好み焼きの店のカウンター。薄紫の小袖を着て目の前のサラリーマン風の客に燗酒を差し出している女将の家村春子が快活な笑みを浮かべていた。
「女将さん、上、空いてる?」
「まあ。いつものことじゃないの。知ってて来たんでしょ?」
明石の言葉に春子は明るい笑みで答える。ランはすでにその言葉を末までもなく奥の階段をのぼり始めていた。
「シャムちゃんがそこにいるってことは……また吉田さんは裏からよじ登るつもりね?」
「いつもうちの馬鹿がすいませんね!」
階段から小さな体をねじって振り返りランが答えた。