ナンバルゲニア・シャムラードの日常 121
しばらく沈黙が続いた。
車の流れは順調だった。帰宅を急ぐ車の列に続けばすぐにまた工業団地から住宅地へ向かう道をすいすいと走ることができる。
「話は変わるんだけど……さ」
シャムは沈黙に耐えられずに口を開いていた。吉田は相変わらず気にする風もなくハンドルを握っている。
「誠ちゃん……」
「ああ、気の持ちようだろうな」
質問より早く吉田は答えていた。シャムはなんとなくわかったのかわからないのかよくわからないまま外を流れる車の列に目を移した。
「アイツはああ見えて結構度胸が据わってるよ。表面上はおどおどしていても本心から迷うような奴じゃない」
「なに?俊平はわかっているみたいじゃない」
「俺を誰だと思ってるんだ?精神科医の論文くらい毎日目を通しているよ」
平然と答える吉田。車は周りの永遠に続くかに見えた田んぼと点在する大型店ばかりの道から住宅の目立つ景色の中に飛び込んでいた。
「そう言うのも読むんだ」
「まあな。傭兵時代は戦場のストレスで耐えられなくてぶっ壊れる部下をさんざん見てきたからな。それに対処するのもプロとしては当然のお仕事だろ?」
「傭兵って大変なんだね」
「なあに、戦争をする馬鹿連中の一人に加わって大変じゃ無いことなんてあるもんか。要は与えられた仕事を成し遂げるに当たって必要な情報のソースを広く構えていること……じゃないかな。俺が知る限りは俺以外にそういうことに関心がある指揮官というと隊長ぐらいだな」
ずらりと並ぶ右折専用車線に車を乗り入れながら吉田がつぶやく。彼らしい傲慢で気取った言葉の最後にシャムも尊敬する主君、『嵯峨惟基』の名前があることにシャムは思わずほほえんでいた。
「じゃあ隊長はすごいんだ」
「すごいかどうかは別として、あれは敵には回したくないね。もっとも、何も知らずに敵に回して義体を一個つぶしたことがあったが……あれは参ったよ」
動き出した前の車に続いて右車線にハンドルを切る。車はなめらかに曲り、そのまま豊川市街地へ向かう道へと進んでいった。
「そう言えばあの時は予備を切らしてたんだよね」
「お前さあ、そう言うどうでもいいことよく覚えてるな。だったらたまには伝票ぐらい自分で仕上げてくれよ」
呆れたというようにシャムを見つめる吉田。シャムは笑顔で流れていく町の景色を眺めている。
「でも、話は戻るけどそんなに簡単に気持ちって変えられるの?」
「そりゃあその秘密は明石に聞けよ。まあ、あいつの経歴から考えるとコツがどこかにあるだろうということくらいは察しがつくけどな」
シャムを煙に巻くような言葉を吐きながら吉田が笑う。車はそのまま駅前に続くアーケード街が目立つ市街中心部へと入り込んでいた。