ナンバルゲニア・シャムラードの日常 12
「それじゃあ……行くよ!グリン!」
シャムはそう言うとグレゴリウスの首輪をはずした。当然吉田はそれを見てすぐに止めようとするが向かってくる巨大な熊を相手にしてさすがにかなわないと悟って走り出す。うれしそうな表情を浮かべたグレゴリウスもその後を追う。
「いいねえ、朝から運動」
「でも俊平はサイボーグでしょ?」
「関係ないよ。運動することはいい事だ……俺は宿直室で寝ているから。シュバーキナ。何かあったら」
「了解しました」
去っていく部隊長に敬礼するマリア。それを真似してシャムも後姿だけの上官に敬礼をする。
「それじゃあもうそろそろ始めるか」
そう言うとマリアがシャムの頭をたたく。小柄なシャムはそれに笑顔で答えるとどんどん部隊の隊舎に向けて歩き出した。
「寒いな」
「そうね、寒いね」
二人の吐く息が白くなっているのが照り始めた朝日の中に見える。ちょっとグラウンドのほうに目を向ければグレゴリウスに反撃しようとバットを振り回している吉田の姿があった。
「あれが伝説のハッカーの姿かね」
「いいじゃん、身近に感じられて」
あきれるマリアに黙ってそう言うとシャムはポケットからカードを取り出して正面玄関の扉を開いた。
「外もそうだが中も寒いな」
マリアは寒さに耐えることには自信があったがそれでも冬の東都の寒さは格別だった。外惑星のほとんど太陽の恵みの届かないコロニー群で育った彼女だが、空気調整のなんとか動いているコロニーとこのような大気を持つ惑星の自然環境との違いに振り回されることが多くなって少しばかりふるさとが恋しく感じられるようになり始めた。
「ちょっと待っててね」
技術部の機材室の隣の粗末なベニヤ板で作った扉の前でシャムが足を止める。ジャンパーのポケットから鍵を取り出して南京錠に差し込むシャム。
「ずいぶんと年代ものの扉だな」
「仕方ないじゃん。島田君達に頼んで作ってもらったんだから」
立て付けの悪い扉を開きながらシャムはつぶやいた。