ナンバルゲニア・シャムラードの日常 114
サインが決まるとすぐに誠は顔を上げて長身を反り返らせる。シャムはそれを見ながらバットを思い切り握り締めた。
静かに誠の投球動作が始まる。静かに、確実に動く姿は安定して見える。
左腕がしなる、直球がしなやかな左腕から放たれた。
シャムが気がつくと明らかに高めの球につられてバットが出ていた。
「ストライーク!バッターアウト!」
明石の声が無情に響いた。シャムはもう一度バットの軌道を確かめるようにスイングをするとそのまま要の待つベンチに走り出した。
「シャム、分かったか?」
要の言葉にシャムは首を振るしかなかった。別に打ち取られるのは珍しいことではない。シャムも都市対抗の初戦とかではどうして打てないのか分からない球に手を出して飛球を打ち上げることも珍しくない。
だが、今の誠に喰らった三振は明らかにシャムの意に反したものだった。
「球速も変わらないし、別に変化球が良くなったわけでもないし……」
「そりゃあ一時間や二時間話をした程度でそんなことが起きるならタコはプロのコーチに抜擢されてるよ」
要もまた不思議そうに首をひねりながらサードから降りてくるアイシャを見つめていた。
「大体分かったわよ」
自信がみなぎるアイシャの言葉。シャムと要はアイシャの根拠の無い自信はいつものことなので相手しなかった。シャムはそのままグラブを手に取るとそのままセカンドに走る。
慣れない内野守備が一球も球が飛んでこないで終わったカウラがホッとした表情でサードに走っている。
「アイシャは分かったって行ってたけど……」
ショートのポジションで先ほど要に見た不思議そうな表情のサラが首をひねっていた。シャムもまた理解できないものを見る視線でマウンドの上の誠に目をやった。
ロージンバックを手に取りじっと下を向いている誠。確かに明石に何か心構えを教わったらしい。シャムの想像で分かることはそれだけだった。
元々大学時代は下部リーグながら圧倒的な成績で東都理科大学を4年で3部押し上げた実力派左腕である。肩を壊して球威は落ち、変化球の効果もプロに行けるレベルから落ちたと言うことで東和軍に入ったとはいえ、そこらの草野球や予選進出が絶望的な実業団チームのバッターが相手にできるレベルではないのはわかっている。
それでも秋の大会以降。そんな実力差のあるはずのバッターに痛打される姿ばかりを晒してきた誠。だがそんな秋のスランプ状態の誠はマウンドにはいなかった。
何度か素振りをした後、アイシャがゆっくりと右バッターボックスに入る。秋の大会ではスカウトが目を付けたと言う噂がマスコミに流れ、その美貌もあって寮や部隊前に記者がわんさと押し寄せる騒ぎになったのは記憶に新しい。
『ここで……真価が問われるね』
シャムはわくわくしながら岡部のサインに首を振る誠を眺めていた。