死に場所を買った男
ナメリカ人、フレデリック・ジェレマイア・シンクレア・アーチボルドは、缶ビールを握ったまま、鉄屑の海を見ていた。
腐蝕した鉄骨が瓦礫の丘を成し、そこに立つ彼の影は、死体のように動かない。
今日も朝から解体現場で働いた。
肺には金属粉が染み、耳には戦争の残響がこびりついている。
夜になれば、借金取りが玄関を叩く。
返済期限を過ぎた通知が、机の上に積もっていく。
もう十分だ。
何もかも終わりにしよう。
古びた拳銃は、かつて戦地で奪った物だった。
最後の引き金を引く前に、心の奥底で何かが軋んだ。
やけに生々しい寒気だった。
「……おい」
低い声が背後から落ちてきた。
スーツ姿の男がひとり、瓦礫を踏んで近づいてくる。
黒の手袋。光沢の革靴。
まるで葬儀屋のように整った顔で、男はフレデリックを見た。
「お前、まだ殺せる体をしてるな」
フレデリックは銃口を向けることさえしなかった。
もはや、脅す気力もない。
「生きる金が欲しいなら、別の死に場所をくれてやる」
スーツ男は、ポケットから一枚のカードを差し出した。
《Military League》
鋼の刻印と金文字が光る。
戦争の亡霊どもが、合法の看板を掲げて闘うプロリーグ。
敗残兵が血を売り、企業がそれをエンタメにする見世物。
名前だけは知っていた。
汚らしい、死に損ないどもの集会だと軽蔑していた。
「報酬は一試合で最低一千万。スポンサーがつけば倍になる。借金を片付けてから死ぬかどうか決めろ」
「……笑わせるな」
「いいや。お前には選べる。生きて死ぬか、死んで終わるか」
スーツ男の声は抑揚がない。だが、眼だけが本物の光を持っていた。
戦争を金に換える亡者の光だ。
フレデリックは無言でカードを見つめた。
手の中の拳銃が、ただの鉄塊のように冷たく重い。
死ぬ勇気も、生きる理由も、すでに失ったと思っていた。
だが、借金だけは、まだ消えていなかった。
「……条件は?」
「明日、港のML支部に来い。試合用の診断を受けろ。それだけだ」
「それだけで、金を払うスポンサーがいるのか?」
「お前のような奴が欲しいんだよ。この業界は、綺麗事だけじゃ人は殺せない」
スーツ男は踵を返した。
足音が遠ざかる。
フレデリックはゆっくり拳銃を下ろし、膝をついた。
もう、何も残っていない。
それなら、借金を返してから死ぬのも、悪くない。
夜風が吹く。
腐蝕した鉄骨がきしむ音は、戦場の残響に似ていた。
彼は拳銃を懐に戻し、カードを握りしめた。
死に場所を買った。
それだけだ。