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第8話 ドンチャン騒ぎ

 俺は、というか俺たち三人は、コンビニで買い漁ってきたスナック菓子と宅配ピザを前に、大いに盛り上がっていた。

 どうせ死ぬんだから酒でも飲んでやろうと、父のとっておきのブランデーをくすねてきて、みんなで飲み食いしていた。


「んまい。にゃんだこれは。エゼが二人になったり三人になったりしてりゅんだけど」

「そうゆうあんたも、ヒック、増えちゃってるじゃにゃいの。こんなうんまいもんがまだあったとはね、ヒック」


 ゲラゲラ下品に大笑いしながら、二人は強い酒をグイグイ飲んでいた。

 俺はというと、そこそこ飲んではいたがブランデーの味に馴染めず、二人ほど陽気にはなれなかった。


「はい。一曲うたいまーっす」

「おー、いいぞー!」


 手を上げて、その場で立ち上がったシルを、すっかり陽気になったエゼが、やんやと煽り立てる。

 本来なら近所迷惑を気にしなければいけないのだが、エゼが天使の奇跡を使ってこの辺り一帯の住民を眠らせていた。

 というわけでもう十一時を過ぎていたが、大声でシルがへんてこな歌を歌っても問題なかった。


「あれはだれだー、だれだー、だれだー」


 何だか聞き覚えのある歌詞と曲調。大昔に流行った、昭和の名作アニメの主題歌じゃないのか?


「あれはあくまー、あくまよーん」


 違った。パクリだった。

 きっと、人間界で流行った歌とか適当にパクッて、天界や冥界で愉しんでいるのだろう。

 パクられるということは、そういった娯楽の創造に関しては、人間は優れているのかも知れない。


「フー」


 一曲歌い終えて、今度はエゼがへんてこな曲を歌い始めた。

 ノリノリで歌い始めたエゼの歌を聴きつつ、シルに何の歌だと聞いてみた。


「ああ、天国と地獄で流行ってる歌でしゅよ。たいして娯楽もないとこなんで、たまにこうして歌って発散してましゅ」

「そうかー。シルは悪魔だし冥界には娯楽って少なそうだな」

「まあそうでしゅね。あー帰りたくないなー。こっちで美味しいもん食べて堕落したいなー」

「ホントごめんな。俺のせいだよな」


 シルは突然俺の顔を両手で挟んだ。そのまま酒臭い顔を近づけてくる。


「間中さんのせいじゃありましぇん」

「え?」

「わらしだって今日はホントに楽しかった。んまいものも食べたし、いろんな経験もしゃせてもらったし……」

「そう言ってくれて嬉しいよ」


 バタン!


 いきなりエゼが歌っている途中で倒れた。

 急性アルコール中毒か? もしかして死んだのか?


「エゼ! エゼ!」

「んー、むにゃむにゃ」

「なんだ、寝てるだけか。びっくりした」

「そうなったらエゼはなかなか起きませんよー」


 シルは指でエゼのほっぺたをグリグリと押した。

 全く起きる気配がない。シルの言うとおりだった。


「ね、間中しゃん。モリヒトって呼んでいい?」

「え、い、いいよ」


 実は女の子に名前で呼んでもらうのは、俺の小さな夢の一つだった。

 シルのおかげで、また夢が一つ叶ったのだった。


「モリヒト」

「お、おう」


 シルが俺の名前を呼びながら、ちょっとずつ体を寄せてきた。

 相当酒臭いが、そこは仕方ない。


「私ね、実はモリヒトのこと、ちょっとカッコいいなって思ってたんだ」

「えっ!」


 なに? もうすぐあの世に行くっていうときにこの意外な展開。

 ひょっとしてコクられるのか?

 ときめきの世界に今まさに入っているっていうのか?


「10万ポイントの逆境にも負けず、コツコツとセコイ悪行ポイントを、めげずに貯めている姿を見てて、ちょっとだけキュンとしちゃった」


 その姿にキュンとする感覚はまともじゃないが、まぎれもなくいい雰囲気になってきている。


「それでね……ホントは駄目なんだろうけど……」


 なんだ? 何が駄目なんだ? その続きは何なんだ?


「悪魔と、その、人間が親密な関係になるってすごく悪いことなの……分かるよね」

「う、うん」


 ゴクリと喉が鳴った。

 これはもう、そういうことなのではないですか。

 身を寄せてきたシルの、有るか無きかの微妙な胸元に、俺はチラリといけない視線を向けてしまう。

 シルは、俺の視線を感じたのか、妙に艶っぽい上目遣いで囁く。


「もしそうなってしまったら、2万ポイントの三倍プラス未成年に手を出したってことで、合計8万ポイントもらえるわ」

「そ、そうなんだ……」

「そんで未成年にお酒を飲ませたのと、ヒック。自分も未成年なのに飲んで、真夜中に大騒ぎしたから……」


 シルはちょっとふらつきながら、空中にそろばんをはじいた。


「そこからさらに700悪行ポイントを加えて、今保有しているポイントを差し引くと、最終的にプラス12ポイントにりましゅ」

「じゃ、じゃあ……」


 シルは俺の体にぴったりと自分の体をくっつけてきた。

 可愛いとは思っていたが、近くで見るとさらに可愛い。少女の幼さと女らしさが、その可愛らしい顔には混在していた。

 お酒のせいか、どこかしらアンニュイな感じのシルの表情は、俺の鉄の自制心をぐらつかせていた。


「モリヒトだったら、あげてもいいよ……」

「あ、あげるって……」


 シルはすうっと俺の耳元に口を寄せた。


「私の初めて……」


 鼻から熱い息が噴き出た。

 こ、これは、そういうことなんだな。

 つまり、たった今コクられて、そうなってもいいという同意を得たわけだ。

 おれ、モテてるのか。モテちゃってるのか。

 頑張って良かった。セコイポイントを頑張って貯めて良かった。

 死ぬ前に、なんか色々やりたいことあったけど、これさえあればもうなんもいらん。

 シル。アンニュイな俺の天使よ。いや悪魔よ。

 このひと時、全身全霊で君を愛すると誓うよ。

 震える手で、俺はシルの肩を抱いた。


「シル……」

「優しくしてね」


 軽くいびきをかきだしたエゼのすぐ近くで、俺は今、男になろうとしていた。

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