四月一日、この恋心を嘘にしよう
わたしは彼への恋心を嘘にしようと決めた。
今年の遅咲きの桜が散る頃には、彼のそばにわたしは居ないから。
ずっとずっと関係が変わってしまうのが怖くて、顔を見合わせるのすら辛くなる未来が来てしまうかもしれないのが悲しくて、思いを伝えられずにいた。
嘘をついても良い日でないと、胸隠した恋心を伝えられない臆病なわたし。
今日なら告白しても『今日はエイプリルフール、騙されないぞ』と言って、いつもの子どもっぽい笑顔を浮かべるはずだ。
鮮明にイメージ出来て、わたしは勇気を出して彼を公園に呼び出した。
歩いて来る彼の姿が見え、ベンチから立ち上がって名前を呼ぶ。
手を振ると小さく振り返す彼の手には、飲み物が二つミルクティーとブラックコーヒーの缶が。
「急にごめんね。わざわざ」
「いや、ちょうど暇してた」
彼はミルクティーの缶を差し出し、わたしはいつもの様に冷たい缶に触れる。
「ありがと」
会おうと思えばまだ顔を見られるのに寂しい気持ちになり、嘘にする決意を思い出して顔を上げる。
「満開は週末かな?」
切り出そうとしたところ、彼が公園の桜に視線を向けた。
「そう……だね」
何度も彼と一緒に見た桜の木。
「そんなことより! 伝えたいことがあるの!」
自分でもびっくりするくらい大きく、恥ずかしいなるくらい上擦った声を出してしまう。
彼は一瞬目を見開いたけれど今日という日もあってか、いつもの笑っている様に見える表情を見せる。
ちょっとぐらい源藤がおかしくても許される気がして、胸の前で片手を握り自分の心を確認するみたいに呼吸する。
「いつも言いたくて、どうしても他のお喋りしちゃってたけど、好きですーー」
ようやく口に出来た一言。
ずっと伝えられなかった一言。
それを告白出来た。
耳に入った自分の言葉に実感と抑えきれない感情が湧き上がる。
彼の名前を繰り返し呼び、溢れる思いを曝け出す。
「ーー好き、大好き! 肝心な時には鈍いくせに、ふとした時に気づかってくれたり、子どもっぽい笑顔も好き。沢山食べても何もしてないのに、太ってないとか殺意覚えるくらい憎いけど好き。たまにカッコいいと思ってするドヤ顔も好き。わたしが困ってた時、走って来てくれるところが好き。それで何の役にも立てなくて困ってる横顔も可愛くて好き。桜の花びらが頭についていても気づかないところが好き」
一度口に出してしまうと、どんどん言葉が溢れ来て止まらない。
叫ぶ様に潤む瞳で彼を呼ぶ。
「たぶんわたし、全部好きなんだと思うーー」
きっと時間があれば、まだまだ言葉は出てくるはず。
乱れた呼吸を整える様に冷たいミルクティーを両手で胸に押し付ける。
後は彼が騙されないぞといった表情を浮かべて、わたしがエイプリルフールの嘘と言えば良いだけ……
終わってしまう気持ちと、何も答えなど求めていないから時間が進まないで欲しい気持ちが同居する。
すると彼は笑った。
これで終わる……そう思って目を伏せる。
「オレも! 好きだ! ずっと言えなかったけど、オレから言い出さなくちゃって思ってたけど、オレも大好きだ!」
予想していなかった返事に、弾かれた様に顔を上げる。
「オレから伝えられなくてごめん! でもオレも、全部好きなんだと思う」
きっとエイプリルフールで嘘をついた仕返しに、告白に答える仕返しのいたずらかと頭に浮かんだ。
けれど見つめ返される瞳は真剣で、缶コーヒーを握りしめる右手や雰囲気、色を変えた耳が嘘の可能性を否定していた。
たぶん自分も耳が赤いと自覚しながら、桜の花びらが足元を染める頃にはそばに居られない事実に胸が張り裂けそうになる。
返事をしたい。自分の方がずっと好きで、これからも一緒に居たいと。
しかし、自分の心が彼の居ない寂しさに押し潰されてしまいそうで、ミルクティーを抱いて恋心を嘘にする。
「今日はぁ、エイプリルフール。ウソ、でしたぁ。もおこーゆうこと、あるんだから騙されちゃダメだぞ」
声が震えて嘘でも口にしたことで涙が溜まった。
それでも自信はないけれど、笑顔を彼に見せつける。
「でも、嬉しかったなぁ。好きって、言ってくれて。大、好きって……」
もう喋れなくて、もう少しでも動けば涙が伝いそうで。
彼の前から逃げ出した。
背を向けると同時に駆け出し、口を押さえてミルクティーを強く胸に押し当てる。
追ってくる気配は無いし、だいぶ公園からはなれると、もう我慢しなくても良いと思うと涙が溢れた。
「うっ……ううっ、わたし……最低だ……」
ズルい子だ。わたし……騙されない様に言うなんて。
わたしを好きにならないでと言っている様なものだ。
彼を縛りたくないのに、やっぱり誰かのものになって欲しくない。
彼もそれなりの覚悟で告白してくれたのに、身勝手になかった事にしてしまった。
まともに道も見えないのに、目の前を桜の花びらが横切った。
あの公園の桜じゃない花びら、来年は彼の隣で桜が見られないと思うと悲しかった。