逢いにくるから、会いに行こう
2023年7月21日 金曜日
この日の東海道新幹線にとって。
いや、鉄道にとっては特別な日であろう。
そう、この日は20年続いたJR東海の新幹線車内チャイムの更新日である。
会いに行こう。どんなときでも。
これが東海道新幹線の新しい車内チャイムで使われた部分だ。
そして、この日。ある少年にとっても特別な日になった。
朝から大学の講義に出る。いつもとは違い、スマホの電源を入れっぱなしにしてあり、通知もオンになってる。
今日は。少年の彼女が彼に会いに東京から来るのだ。
彼女の勤務が終わるのを楽しみにそわそわしている。
16時45分
「終わったよ~」
その通知を見た瞬間、直ぐにスマホを取って、返信を打つ。
「お疲れ様~」
「これから新幹線乗る」
「わかった。品川に着いたら連絡して」
「りょ~かい」
授業中にスマホを返信のために使うのはなんか後ろめたい。
でも、そんな思いが吹き飛ぶくらい嬉しいのだ。
16:50授業が終わる。
校舎を出て、外のベンチに座る。
通知がくる。
「品川着いたー」
「のぞみ431号で来てくださいね。」
「何分発?」
「17時24分発です。」
「わかった~」
「では新大阪で会いましょう。」
鉄道好きの彼は、彼女に新しくて綺麗な車両に乗って欲しくて、あらかじめ最新の車両の時刻を調べていたのだ。
だが、もう一個理由がある。
新しい車内チャイムを彼女に聴かせたかったのだ。
彼女ももちろん彼が鉄道好きだと知っている。そして、彼女とお互いに新しいメロディを楽しみにしていた。
そして、のぞみ431号の京都駅到着時刻を調べる。
彼は、京都駅まで行って新幹線に乗り込んで彼女に会い、驚かせるつもりなのだ。
19時29分。彼女の乗る新幹線が京都駅に着く時間だ。
彼はよく彼女の座る席を聞く。
なぜなら、列車の予約システムを駆使して、途中駅から彼女の隣に誰か座らないかを調べるからだ。
そしていつも通り、席を聞く。
「16号車7番E席」
彼はすぐに調べて、今のところ隣に誰も来ないことを確認して、報告する。
そして、無事に彼女が乗ったことを聞くと。
時刻は17:25。
大学の最寄駅は阪急線だ。
京都市内まで阪急線で行くらしい。
ベンチをいきなり立つ。
空を見る。まだ明るい。
「さて、会いに行こう」
こう呟くと、北千里駅の方へ向かう。
そして、北千里から京都へ。
京都駅に着く。時刻は19:21。
彼女が京都に来るまであと8分。
新幹線の切符はもうネットで取ってある。
階段を駆け上がり、スーツケースを抱えた観光客たちを横目に走る。
見えた。
「新幹線改札口」
改札横の券売機で切符を発券する。
改札に急いで切符を突っ込む。
すぐさま上を見上げる。
電光掲示板を見て
何番線かを見る。
「のぞみ431 19:31 新大阪 13」
この表示を見て、すかさず、階段を見つけて、駆け上がる。
この時、彼は音楽を聴いていた。
曲名は 「AMBITIOUS JAPAN!」
昨日まで新幹線の車内チャイムに使われていた曲だ。
~逢いたくて逢いたくて たまらないから旅に出た~
ちょうどこの部分が流れていた。
「彼女も同じ気持ちだといいな」
そう心の中で思い、ホームに上がる。
階段を駆け上がって早くなった呼吸を整えてながら、16号車の場所へ向かう。
まだ19時25分。
彼女の乗る列車は、まだきていない。
16号車は、進行方向一番後ろだ。
ホームの端っこで、彼女の新幹線がくる方向を眺める。
空は、暗くなっている。だが、日が沈んだばかりだからか、青が混じったような暗さだ。
藍色の空を見ていると、はるか先から、白色の2つの光が見える。
新幹線の接近メロディが鳴る。
だんだんその光の粒が大きくなる。
「来た」
彼の心はもう目と鼻の先に彼女がいるということでいっぱいだ。
先頭車がホームに入る。
すかさず彼は柱の後ろに隠れる。
そう。彼は彼女を驚かせるために新大阪で会うと嘘をつき、京都まで迎えに来たのだ。
キィーーーーーーーー
新幹線が止まる時特有の耳を塞ぎたくなる音が鳴る。
止まった。
ホームドアが開く。
スーツケースを抱えたたくさんの観光客やサラリーマンが降りる。
ホーム上にはちらほら抱き合っている人たちがいる。
皆、いくつもの山や川を超えた遥か先から来たのだ。
戦後の時代から
新幹線は、たくさんの「会う」を運んできたのだ。
決してただの移動手段ではない。
たくさんの「あの人と会える」という
のぞみを運んできたのだ。
降りる人はみな、出てきた。
乗り込む。
「やっと会える。」
前に会ってから数ヶ月も経っている。
客室の自動ドアに近づく。
開いた。
彼女は車両の真ん中ら辺に座ってる。
彼女の背は、背もたれより高くないので、姿は見えない。
座席番号を見ながら進む。
10番、9番、8番、
7番D・E席
そっと近づく。見えた。
「おかえり」
彼女は咄嗟に声のした方をみる。
驚いた顔をしたと思ったら、マスク越しにでもわかる笑顔で
「ただいま」