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春ニ花咲ク  作者: 双葉/サブカルビジネスセンター千葉
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お互いの生きる理由

七、花実の憂鬱


 藤見さんと美礼ちゃんの結婚式が終わって暫く経った。私は相変わらず会社に通っていたが、会社へと向かう途中の電車内でパニックが起き、途中で降車してしまい会社に遅刻してしまうような日々が続いていた。

 今日はとうとう部長に呼び出され、使っていない応接室へと向かった。「もう潮時かな」そんなことを考えながら・・・。部長は「最近遅刻が多いけどどうした?」と私に尋ねた。私は正直にパニックに陥ってしまうということを話した。すると部長は「なんで言ってくれなかったんだ。いつ頃から?」と続けたので「一ヶ月前くらいからです」と答えると「藤見と河合のことが原因か?」

「・・・」私は何も答えられずただただ下を向いていた。そんな私に部長は「ここは何をする場所?」「・・・仕事です」「そうだよな、わかってるじゃないか。恋愛するなら外でしろ。ちゃんと続けられるか?」私は何も答えることができなかった。

 こんなことでパニックになっている自分が情けなくなったと同時に、もういなくなってしまいたいそう思った。その日を最後に私は会社へ行けなくなり、退職届を提出すると当たり前のようにいとも簡単に受理された。

 私は家からも出たくなくなった。ただただ溜まっていく洗濯物と台所のシンクの食器たち。何もできなくなった私は自分を責めることしかできなくなっていた。いっそもう消えたら楽になるかな・・・そんなことを考えていた。その時本棚の上からペットボトルが落ちた。はじめてパニックを起こした時に助けてくれた人からもらったミルクティーの空のペットボトルだった。「もう一度会えないかな・・・」無理だよな。でもまだ会いたい人がいる。それだけでも生きる理由があるのかもしれない。



八、春太の憂鬱


 僕は思い出した。母が好きだった花の名前を。「チンチョウゲ」だ。最近この花の香りを嗅ぐとなんだかつらい気持ちになってしまうようになった。

 僕はクリニックに通って以来処方された薬を飲むようになった。少し楽になったような、なっていないような・・・。僕は「自分が何故生きているのか」「何のために生まれてきたのか」こんなことばかりを考えるようになっていた。

 そうすると自分には生きる意味などないように思えたし、生まれてきたのも何の理由などないし価値もないと思った。生きていても仕方ない無能な人間のように思えた。いっそ死んでしまおうか・・・そう思っていたら窓の外になんだか見覚えのある花が咲いているのを見つけた。名前は全く分からなかったし、何処で見たのかも思いだせなかった。暫く考えているとなんとなく頭に浮かんだ人がいた。この前駅でパニックになっていた人だ。あーそういえばあの人が付けていた髪飾りに似ている。元気にしているかな・・・。

死のうと思っていた自分が人の心配をしているなんて滑稽だな。そう思ったけれどまだ自分には少し余裕があるのかなとも思った。そう思ったら少しだけもう少しだけ頑張ってみようと思い、今日予約していたこの前のクリニックへと向かった。



九、思う側の人


 気分転換に外へと出掛けることにした。駅までと向かう途中沈丁花のいい香りがしていてもう春なんだなということを実感させた。いつもなら嬉しい出来事なのに今日は申し訳ないけれどその花の香りがきつく感じた。余裕がなくなっていることにすら気づけず、駅に着くと「私電車乗れないのになんで駅まできちゃったんだろう」と我ながら自分の馬鹿さ加減に笑った。

 駅前にあったメンタルクリニックの入ったビルが目についた。「行ったら楽になれるのだろうか」ふとそんなことを考えた。予約だけでもしてみようかと思った私はそのビルのエレベーターに乗り込んだ。六階まで行きエレベーターの扉が開くとすぐクリニックの入り口があった。迷う間もなく受付の女性に「初めてなんですけど、予約は必要ですか?」と聞いてみた。すると「どのような症状ですか?」と聞かれたので「パニックになることがあって電車にも乗れないし、やるべきことができないんです」と答えた。「ちょっとお待ちください、先生に聞いてまいります」と言って奥の方へと進んでいった。凛としてとても素敵な女性だった。暫く待っているとその女性が戻ってきた。「今日でしたら少しお待たせするかもしれませんが診ることはできますよ」その言葉を聞いた瞬間私は体の力が抜け足に力が入らなくなり床へしゃがみこんでしまった。「大丈夫ですか?」という声とともにナース服を着た女性が私に駆け寄った。「すみません。大丈夫です、この頃いつもこうなっちゃうんです。ごめんなさい・・・」「謝らなくていいんですよ。椅子で待っていられますか?」「はい」そんなやり取りが続いて社保から国保に変わった新しい保険証を提出して予診票を書きはじめた。



十、思われる側の人


 クリニックへはエレベーターを使う必要があった。僕はエレベーターの「閉」と「開」ボタンが記号になっているとややこしくて何人かで同乗する時、ボタンを押す係にならないように逃げてきた。一度失敗して笑われてから軽いトラウマになってしまった。

 今日は誰も乗ってこない。よかった。僕は⑥のボタンを押して着く間に診察券を用意した。そして六階に着き受付で診察券を出し待合室の椅子に腰を下ろした。僕は目を疑った。この前の女性が一生懸命予診票を書いていた。僕は「神様っているのかよ」と思った。できれば元気になっていて欲しかった。向こうはきっと僕には気づかないだろうと思った。僕にはそれが少し有難いことだった。できることならもう女性とは関わりたくなかった。どうせ女なんて金と地位がある奴にしか興味がないだろうし。

 僕は念のためそっと席を立ち少し離れた顔が見られない後方の席へと移った。僕は最低な男だ。それを痛いほど自覚していた。


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