愛しき君へこの命を捧げよう
ラグナロク終幕。
今週の水曜日は投稿ありません。
私の両親は医者だった。
お父さんは優しかったけどお母さんは厳しくて、褒められた事はないけれど、テストが100点じゃないといつも夜中まで怒られた。
自由な友達付き合いも許してもらえなかった。
「頭のいい子としか関わっちゃダメ」「遊ぶのは禁止、馬鹿になるから」「ネットもダメ、ゲームなんて論外」
そんな暮らしだったけど、あの頃の私はお母さんに怒られないように、お父さんに褒められるように一生懸命言うことを聞いていた。
けれどある日、頭のいい子との勉強会でゲームに触れた。
ブレイブ&ソーサリー。
初めて触れたゲームは私の知らないことだらけで、楽しいことだらけだった。
お父さんにその事を言ったらこっそりパソコンにブレサリを入れてくれた。
「お母さんに隠れて遊びなよ」
そうら柔らかい笑顔で言ってくれたお父さんに泣きながら抱きついたのを今でも覚えている。
それからちょっとずつゲームで遊ぶようになった。
勿論成績を落とさないように今まで以上に勉強も頑張った。
その内クランに誘われて。ゲーム内フレンドも沢山増えていった。
あの時は毎日が楽しかった。
少ししかログインできない私に優しく教えてくれる仲間達に囲まれて凄く幸せだった。
幸せだったんだけど、長くは続かなかった。
成績は落とさなかったけど、最近私が楽しそうにしているから気がついたみたい。
ある日パソコンを起動すると、ゲームがアンインストールされていた。
「ばーか、ガキのくせに調子乗るんじゃないわよ」
そう言われた時は本当にこたえたなぁ…。
あれから大泣きして自分の部屋に鍵を閉めて引きこもった。
夜、お父さんとお母さんが帰ってくるとずっと喧嘩していて。
そんな日が少しだけ続いたある日、両親が離婚した。
「私のせい?」と泣きながら聞く私にお父さんは
「うぅうん。真衣は何も悪くないよ。今までごめんね、これからは好きな事をして暮らしなさい。何、真衣が一生働かなくたってお父さんが養ってやるさ。だから、何でもいいんだ。自分のやりたい事を見つけて、自分の人生を歩んでおくれ」
そう優しく語りかけてくれたお父さんにまた泣きながら抱きついて、その日は久しぶりにお父さんと一緒に眠った。
それから段々とゲームにのめり込んでいき、遂には学校をサボるようになった。
そんな私にもお父さんは変わらない愛情をくれた。
ゲームをして、仕事から帰ってきたお父さんと一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、休みは色んなところに連れていってもらって。
毎日が幸せだった。明日もきっと楽しいって笑って寝れるようになった。
なのに、神様がそれを全部台無しにした。
避難する最中、お父さんは私を庇って食い殺された。
それから先はあまり覚えてない。
気づいたら知らない男の人に背負われていて、その背中が凄く暖かかったのを今でも覚えている。
出会った頃の仁は凄く怖かった。
口調が悪いし物騒だし目つきも悪いから、私これからどうなるんだろうってずっと考えてた。
でも、
人を助けたいって言うと着いてきてくれたし。
お腹すいたって言ったら自分の分を私にくれた。
疲れたら背負ってくれたし、お父さんの事を思い出して泣いた時は不器用に撫でてくれたし、手を出せば握ってくれた。
確かに仁は馬鹿だし、間抜けだし、口悪いし、物騒だし、素直じゃないけど、
たまに見せる優しさがお父さんと似ていて、凄く暖かかったんだ。
だからだろう。
そんな所を好きになったんだと思う。
そんな彼だからこそ、
私はこの命を投げ出せるんだと思う。
さぁ、感傷に浸るのは終わりにしよう。
見上げればそこに、私の死神がこちらを見下ろしているのだから。
「さようなら、仁。短い間だったけど、ありがとね。大好きだよ」
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全長三メートルはあろう愛馬[スレイプニル]にまたがり、黄金の兜と甲冑に身を包んだ隻眼の神[オーディン]。
その右手には必中必殺の投槍[グングニル]が握られており、その投擲を許してしまえば、対象を確実に貫くと伝えられている。
神々の王。その神格にふさわしき気迫に圧倒され足がすくむ。
けれど引くことはできない。五体の神々の中で最も強いエネミーではあるが、任せろと息巻いたのだからやらねばならない。
自分がやらねば、仁が死ぬのだから。
「はあっ!!」
声で自らを奮い立たせユグドラシルの道を駆けて行く。
まずは一撃、自分の身長よりもデカイ魔剣をオーディンめがけ振り下ろす。
威力もさることながら、数多のバフをかけられた真衣の一撃はスピードホルダーに匹敵する速度を実現する。
「くっ!!」
されど造作もないように槍で受け止められお返しとばかりに魔力で作られた槍が五本真衣めがけて降り注ぐ。
それを難なく避けもう一度切り込む。今度は自分の重心も込めて最大限重い攻撃を。
「ふっっ!」
オーディンはそれを受け止めずスレイプニルを物凄い勢いで後ろに下がらせ真衣との距離をとる。
「しまっ!!」
後悔も遅く、距離を取ったオーディンはその槍を構え、投擲する。
避けることはできない。放たれてしまえばその心臓が貫かれることは確定したようなもの。
「グゥッ…!!いっだぃ…!」
下手に受け止めれば魔剣が破壊される恐れがある為、防御はせずにその一撃を身体で受け止める。
噴き上がる血飛沫に意識が遠くなるが何とか堪えて魔力を集中させる。
その最中も、真衣の心臓を貫いたグングニルは一人でにオーディンの下へ帰って行く。
([鮮血魔法、破滅は遠く我が命運は血の赴くままに])
欠損した人体の役割を魔力を帯びた真衣自身の血が補い噴き上がった血も真衣の体に戻っていく。
「はあっっ!!!」
開けられた距離を一気に詰めスレイプニルの懐に潜り込みアクロバティックにその魔剣を振り上げる。
一瞬でも遅れれば蹴り殺されていたところだが、真衣の魔剣は見事にスレイプニルよ腹を裂いた。
(いける!今の私はスレイプニルより速い!!)
よろけるスレイプニルにオーディンが治癒の魔法をかけ回復させる。
だが戦場においてその行為は敵に身を差し出すようなもの。
(畳み掛ける!!)
「[魔剣解放]!!」
その隙を見逃さず真衣は光すらも完全に吸収する漆黒となった刀身でオーディンへ切り掛かる。
それを槍で受け止めようとしたオーディンだが、スレイプニルが突然前足を振り上げオーディンを庇い代わりにその一撃を食らった。
[魔剣解放]を使用したその一撃をモロに受けたスレイプニルの胴は完全に二分され、生命力の尽きたオーディンの愛馬は地面へ落ちて行く。
「ちっ!!焦りすぎた!」
真衣の[魔剣解放]は一度きりの大技。
その能力は今まで吸ってきた生命力分のダメージを対象の耐久力、耐魔力関係なしに与えるもの。
オーディンに当てる事は叶わなかったがスレイプニルがいなくなった事で態々飛び跳ねて攻撃しなくても良くなり少しだけだが戦いやすくなった。
「落ち着いて、落ち着いて私。大丈夫。絶対に殺せる」
左手を胸にあてゆっくりと深呼吸をする。
されどもオーディンの動作には最大限気をつけて。
「はぁあ!!!」
一気に間合いを詰め斜めに斬り下ろす。受け流された勢いを使い魔剣を軸に捻りを加えて跳び上がり空中で魔剣を引き回転の勢いも使い魔剣を振り下ろす。
魔法障壁で防がれたため魔剣に体重を乗せ障壁を足場代わりにオーディンの頭上を通って後ろへ移動し、着地と共にしゃがんだ足のバネを使い魔剣を振り上げる。
障壁を叩き割りオーディンへ向かう魔剣を槍で受け止めようとするが突然にユグドラシルの枝が動いた為オーディンはバランスを崩し吹き飛ばされる。
甲冑に阻まれ傷をつける事は叶わなかったが、その衝撃がダメージとなり確実に生命力を削った。
(ナイス仁!!)
心の中で拍手をおくり吹き飛ばされたオーディンと距離が離れないように接近し、魔剣を突き下ろす。
ガァァァアアァァアアアン!!!
鎧には防がれたが魔剣とユグドラシルの枝でオーディンを挟み込み、ギギギという金属音と共にその甲冑の耐久を減らす。
真衣の上から魔法の槍が降ってくるが、自身の鮮血魔法を駆使してそれ等を受け流す。
「っ!!」
魔法の槍では効かないと学習したオーディンは突風を生み出し真衣を吹き飛ばす。
(距離が!)
一瞬にして開いた距離はおよそ二十メートル。これだけあれば真衣に接近されるよりも前にグングニルが放たれる。
これを好奇と見たオーディンはすかさずグングニルを構えるが、しかしいざ投擲しようとした手とグングニルをユグドラシルの細枝が固定したため投擲は防がれた。
「はぁあ!!」
仁のバックアップに、もう何度目かもわからない感謝をしつつオーディンのガラ空きの胴体へ魔剣を薙ぎ払う。
「だめ!硬すぎる!!」
オーディン自体は魔法特化のエネミー。しかし愛馬を含めた装備の数々がアレを最強のエネミーの一体に仕立て上げているのだ。そう簡単に突破できるものではない。
「なら…![魔剣融合][破滅の調べ]!そして…[其ノ終ワリハ艶ヤカニ]」
今使用した技能は全て自滅を前提に発動するもの。最初の二つだけでは効果時間終了まで仁の回復魔法で耐えられただろうが、三つ目のスキルがそれを許さず仁の魔法による回復が追いつかない速度で真衣の生命力が削られて行く。
[破滅の調べ]、それに[其ノ終ワリハ艶ヤカニ]を使った以上、例え敵を倒したとしてもこれ等の技能により使用者の生命力は確実に尽きる。その事を真衣自信が知らないはずもない。
(それでもいい。元から死ぬつもりで戦ってるんだから!)
その言葉に偽りはない。誰かに、仁に助けてもらえるなんて考えていない。自分は死ぬ。それでも戦う。
自分が見つけた、死ぬ意味の為に。
「はぁぁああ!!!」
ズドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
どんどん増していく仁からの支援に加え、正真正銘ブレサリ内最強の魔剣の力を全て使った真衣の全力。
装備のバックアップを持ってしても受けきれないその攻撃にオーディンは容易く吹き飛ばされていく。
(視界が赤い)
しかしそんなものは関係ない。
血の滲んだ視界であろうと、敵が見えているのならば何でも良い。
振り下ろし、切り上げ、叩きつけ薙ぎ払う。
全てを投げ打った真衣の攻撃を受け、オーディンの甲冑は徐々に悲鳴を上げ始める。
それをオーディンが良しとする筈もなく魔法で真衣のことを攻撃するが、今の真衣は自分のダメージなど気にも留めず攻撃を続ける。
魔法に切り付けられ、焼かれ、叩きつけられ、血だらけになっていく真衣。
目にも止まらぬ高速の連撃で徐々に甲冑の耐久を減らされていくオーディン。
先に限界が来たのは、オーディンの甲冑であった。
首筋を守っていた装甲が剥がれ、老いた首が剥き出しになる。
「魔剣解放!!!」
無意識にそう叫びそれに呼応する様に魔剣が漆黒に染まる。
これで仕留めきれなければ真衣の身体は破滅を迎え、オーディンに止めを刺されることもなくこの戦いは幕を引くだろう。
故にこそ、正真正銘真衣の命を、全てをかけた一撃。
最後の一歩、ユグドラシルを力強く踏み魔剣を振り上げる。
その一撃を繰り出す瞬間、耳をつんざく雷鳴が轟いた。
「あっ…………」
急に全身力が抜けたせいで魔剣が真衣の下を離れていく。
仁が死んだのかと思い胸が締め付けられるが、それであれば同時にユグドラシルも消える筈。
ならば彼はまだ戦っているのだろう。
予想や希望が大半の思考ではあるが、そう思えば自然と力が湧いてくる。
(バイバイ。仁)
崩れゆく身体を何とか支えてオーディンの首筋に牙を立てる。
ブチッ…ブシャァァァァァァ………
噛みちぎられたオーディンの首から大量の血が噴き出す。
反撃の力など老いた神に残されておらず、オーディンの生命力は呆気なく底を尽きた。
(やった_ぁ”っ…)
神との戦いに勝利したという余韻を与える暇もなく真衣の心臓は[呪い]によって再度潰され、元より底を尽きかけていた生命力は完全にその役目を終えた。
[ヴィーザルの呪い]
神話によると、オーディンを飲み込んだフェンリルは直後、オーディンの息子であるヴィーザルに殺されたのだという。
それをもとにして作られた呪いの仕様。
これを知っていた真衣は、仁にこの呪いが向かないようわざと戦いたいと申し出たのであった。
自分の死など、気にも留めずに。
(ああ…意識が薄れてく…。でもお願い…!まだ、まだ耐えて!今私が倒れたらきっと仁は意識が散る。そうなっちゃえば、全部が無駄になっちゃうから…!あともう少し…もう……少しだけ……………あぁ…暗くて…怖いけど……どこか…あったかい……な…………)
自身を包む仁の魔力に浸りながら、ゆっくりと、ゆっくりとその意識を手放してゆく。
体を支えていたなけなしの魔力も到頭無くなり、ユグドラシルを離れた真衣の体は地面に咲き誇る花畑にゆっくりと着地した。
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(嘘っ…だろ…?)
ミョルニルとの衝突で粉々になった愛刀に目を見開く仁。
最悪のタイミングでの愛刀の損失に動揺を覚え身体が硬直する。
「ぐぁ”っ…!!」
その隙を神々が見逃してくれる道理はなくテュールが仁の体を貫く。
一瞬の動揺が、仁の植物の身体を維持する魔力に乱れを作ったことでテュールの攻撃が通るようになってしまった。
気を取り戻し正面を向いた時にはもう遅い。
トールがミョルニルに膨大な雷を纏わせ、振り下ろさんとしている。
これを受ければ間違いなく生命力は全損し、例え復活しようとも神々の前では立て直す間も無く本物の死を迎えるだろう。
テュールのせいで身体を強化する事はできない。ユグドラシルを操作して防ぐ暇もなく、魔法を使う猶予もない。
打つ手はない、仁にはこの状況を打開する術がない。
筈だった。
身体に異様な魔力が流れ込んでくるのを感じた。
血生臭い親しみ慣れたこの魔力は、きっとあの魔剣のものだろう。
(コイツが俺のところへ来たってことは……いや、考えている暇はない!!)
また同様で飛びそうになった思考を無理やり戦闘に引き戻させあの魔剣の名を呼ぶ。
「こい!ダインスレイフ!!!」
その呼びかけと共に巨大な魔剣が現れる。
人の生命力を吸い生きるその魔剣は、使用者が死んだ今、自らが決めた新しい主人を選びその者の下へ駆けつけた。
「っあ”ぁ”!!」
魔剣に大ありったけの生命力を注ぎ込み、トールの一撃を間一髪で受け流す。
「[鮮血魔法、血気演舞]!!」
背後で仁に剣を突き立ているテュールと真上から魔法を繰り出そうとしているロキを魔法で作り上げた血の触腕で絡めとる。
「[魔剣解放]!!!」
トールの攻撃を受け流した後流れるように逆手に持ち変えトールの心臓に魔剣を突き立てる。
あらゆる障害を無視して突き刺された魔剣に最後の力をこめ、そのまま地面へ自分もろとも落ちてゆく。
足掻く神々だが仁の拘束から逃れる事はできない。
ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
勢いよく落下した事で当たりに轟音が鳴り響く。
一面の花畑、聳え立つ数多の桜、そして横たわる機械仕掛けの神々の慣れの果て。
これで漸く、この者達に引導を渡す条件が整った。
「あばよ、憐れな機械人形共。どうかお前らが二度と生まれない事を祈りこの魔法を捧げよう…[散れ、山桜]」
仁の魔法で顕現した無数の植物が一斉に枯れゆき散っていく。
それは人体の殆どが植物となった仁も、そして魔法の対象となった五体の神々も例外では無い。
(機械共の身体が消滅していってる。ここまでくれば死は免れんだろう………さて、手のかかるガキンチョの所へ行こうかね)
朦朧とする意識で、消えかかる体を何とか動かし真衣の下へ辿り着く。
「あほんだら、なに死んでんだ………ほんと、よく頑張ったな」
真衣の頬を撫で笑みを浮かべる。
「待ってろ…今、助けてやるからな…」
四肢の先や背中の大半が消えた。
それでも、最期の魔力を振り絞り其の魔法を行使する。
「[巡れ、巡れ、季節よ巡れ。巡りて育め、命の輝きを]」
使用者の命を捧げる事で黄金の種が誕生する。
その種は真衣へと溶け込み、
誰もいない空間で、
一つの命が育まれた。
最後までよんでいただき誠にありがとうございます!!!!!