移住
「おーい!仁にーちゃーんボールとってー!」
「あぁ?」
子供達が指を刺す方を向くと、ソーラーパネルに綺麗に引っかかったボールがあるのが見える。
「はぁ…」と溜息をつき寝っ転がっていた公園のベンチに本を置き、地面を蹴って一気に屋根の上に登る。ボールを子供達の方へ投げる時に「気をつけて遊べよー」と一言忠告し屋根から飛び降りる。
この集落に来て三日が経つが随分と集落に慣れた様子が伺える。
「仁にーもやるー?」
「ドッチボール!」
「やらねーよ」
「働かないで一日中ダラダラしてるけど暇じゃないのー?」
「暇だから本読んでんだよ」
「暇なんじゃん。一緒に遊んであげるって言ってるんだからこっち来ればいいのに」
「うるせーな、ほっとけ!」
「あははーおこったー」
「仁にーがおこったー」
(親と離れ離れになってから二週間くらいしか経ってねぇのにえらく元気だなコイツ等。まぁ、メソメソしてるやつよりはマシか)
ここの集落の子供達の大半は親と死別している。未だにその事を表に出して引きずっている子供もいるが、外で遊んでいる子供達の様に元気を見せる子が日に日に増えていっている。
しかし、そんな子達も時折暗い顔を覗かせることもあり、夜になると特に精神が不安定になるため、集落の年長人は未だに頭を悩ませているらしい。
「仁さーん!」
(今度は何だ…?)
片手で器用にページを捲りつつ声の主へ視線を向ける。
仁の元へ近づいてきたのは新汰と言う15歳の少年。改変された世界で悠二に命を拾われて以来、この集落で熱心に働いている。
因みに仁はこの少年の名前を覚えていない。
「仁さん!悠二さん達が読んでます。会議用の家に来てください」
「んー」
(移動の目処が立ったのかね?)
そう考え気怠げに体をおこす。
「真衣は?」
「もう着いているらしいですよ」
「そうかい。あぁそうだ、移動の件、君等の内どのくらいが知らされているんだ?」
「昨日の内に全員に伝え終わったらしいですよ」
「反対者は?」
「1人もいません」
「そうか」
(二週間も暮らしていればこの場から移動したくないと考える奴がいるだろうと思ったけど、随分と物分かりがいい連中なんだな。流石に自分等の立場が理解できているのか?)
生き残った大人の内数名は少なくとも反対するものがいると考えていた為、反対意見が出ていない現状に少々疑問を感じつつも少年の背を追う。
「んあ、もしかして俺待ち?」
会議用とされている家のリビングに梓、悠二、真衣、そして数人の大人が大きな机を囲んで座っている。
「ええ、あなた待ち。だからはやく座ってくれる?」
「遅いよ仁さん。こっちこっち」
「んー」
未だに少し当たりの強い梓の言葉は気にもとめず真衣の横に座る。
すると、悠二が口を開き会議を始める。
「では、全員が揃ったので移動についての説明をさせていただきます。
まず日時から、ある程度の準備は整いましたので三日後の早朝を予定しています。
次に移動経路ですが、それはこちらの地図をご覧ください」
そう言って壁に貼った地図まで移動し今自分達のいる場所を指差し説明を始める。
そんな事に全く興味のない仁は頬杖をつき高校生時代を思い浮かべ懐かしさに浸る。
(悠二つったっけ?あの子まだ高校生だよなぁ。可哀想に、人生で一番か二番くらいに楽しい時期だったろうに)
「次に移動時に持ち出すものですが。念の為のキャンプ用品をいくつかとエネミーの素材、持てる限りの食用品と持てる限りの医薬品を分担して持つ事になりました。
ご自身の荷物で手一杯かもしれませんが、台車等も用意したのでどうかご了承ください。
最後に緊急事態への対処です。対処可能なエネミーについては力を持つ我々と今回助けていただく仁さんと真衣さんで対処しますが、対処できない状況になった場合、交戦しつつこの拠点へ退避をしようと考えています。発電所までが目と鼻の先であれば発電所へ駆け抜けるのも考えますが大抵の場合拠点へ退避したいと考えています。その時、大きな荷物は捨てて逃げる事を第一に考えてください」
そこまでいうと、大人の1人が手を挙げる。
「どうぞ」
「対処しきれない事態になる可能性ってのはどんくらいあるんだ?」
「そうですね。三日前にレベルの高いエネミーに遭遇したので無いとは言い切れないですが、それ以来見かけることもありませんし恐らく低いと思います」
「子供は時に思いもよらない行動に出ることもある。ここまで大規模な移動で尚且つ戦闘まであるとなると目が行き渡るのか?もう少し時間をかけて子供達に団体行動の練習をさせた方がいいんじゃないのか?」
「それは…」
確かに安全を取るのならば訓練は必要だろう、だが悠長に訓練している間に暇死にする可能性がある。そう口に出そうとして口籠る悠二の代わりに仁が声を上げる。
「無理無理。あんた等に合わせる理由もないし、これ以上待たせんなら置いてくよ?ま、それでも訓練するってんなら止めんけど」
「……そうか」
「仁さん、もう少し角の立たない言葉使えないの?」
「使えんなぁ」
「すいません皆さん。こんな人なので」
「いや、君達が悪いわけでもないさ」
(随分物分かりがいいな。不満そうな表情をしている奴はいるけど……過去に大手を振って痛い目でも今のか?)
正直な話。命の価値が綿飴よりも軽いこの世界で胸の内に不満を溜めてここぞという時に足を引っ張られるとたまったものではないので、不満があるのなら口に出してもらった方が良いのだが、レベルを持たない人間が幾ら足を引っ張ろうが関係はないだろうと楽観的に考えて目を閉じる。
「それでは__」
それ以降も細かい事を話し合い会議がお開きになり、その間殆ど空気だった仁は特に喋ることもなく席を立つ。
空は夕焼けで赤く染まり、人々の声も生活音も無い静かな道を並んで歩く中、真衣はこの三日間ずっと考えていた事を口に出す。
「仁さん」
「んー?」
「世界改変から二週間ちょっと沢山のエネミーを間近で見てきたけどさ、みんなゲームの設定資料通りの行動や生活をしていたんだよね」
「へぇー」
「そうなるとあの三日前のヴァルキリーおかしくない?」
その言葉にふと三日前のヴァルキリーの死体を思い浮かべる。
自然属性と共に惨殺されたヴァルキリーの死体。惨殺したのは真衣だろうし、元々人類と自然と創作と古代はそれぞれ敵対関係にあるらしいが、それ以外は特におかしいところは思い浮かばない。
(まぁと言っても、自然エネミーと創作エネミーと人間で三つ巴になってたんだろうし……)
「何がおかしいんだ?」
「えっ…もしかしてトッププレイヤーのくせに設定資料集見てないの?」
「見てない。だって興味ないし、世界観とかそういうの」
「そんなんでよくやりこもうと思ったね」
「魔法の研究がおもろかった」
「快楽殺人者だと思ってたけど、実は研究バカだったんだ…」
「で、結局何がおかしいの?」
(案外頼りにならなそうだなこの人)何て事を考えている真衣に向かってそれてきた話を戻すようにふる。
「私の記憶が正しければヴァルキリーって集団行動しかしないんだよね」
「集団行動ねぇ?プレイヤーにお仲間殺されたんじゃないの?」
「いや、フィールドにスポーンするヴァルキリーは状況が劣勢になると空に向かって退避行動するじゃん。設定にも仲間が倒されると他のヴァルキリーの下に行くか神の名を冠するエネミーの所へ帰るって書いてあったし」
「成程ねぇ。でもそりゃあ、自称神様がバランス調整の為に一体ずつスポーンさせてるだけじゃないの?」
「それも考えたけど、それなら初日からレイドボスが湧く事がおかしくならない?例え自然属性の弱い方のエネミーでもレイドボスとかワールドボスになるとヴァルキリー10体まとめて戦うより強いじゃん」
レイドボスもしくはイベントボスと称されるエネミーは、通常の1パーティ7人までしか共にダンジョンに入ることができない物ではなく、最大49人が共闘して攻略することができる大規模なダンジョンに存在するエネミーで、そのエネミー等は基本、プレイヤー数人では太刀打ちできない程の強さを持つ。
が、レベル150実装のインフレが決定打となり、一部のプレイヤーはパーティ規模でレイドボスを攻略できるようになった。
しかし、ワールドボスはレイドボスとはまた規格が違い、こちらは各サーバーのプレイヤー全員が同時に参加できるイベントのボスであり、勿論その強さはサーバーに存在する全プレイヤー(最大5万人)を相手できるほどの強さを持つ。
「じゃあ何で単独行動してたのさ」
「……。」
「ん?どした急に立ち止まって」
いきなり立ち止まって上を向く真衣を見て、もしやと考えつつ仁を上を向く。
しかしそこにヴァルキリーが飛んでいる事もなく、あるのは真っ赤に染まった黄昏の夕焼けのみであった。
(綺麗な夕焼けだな。リアルじゃガキの頃以来意識して見ようとしたことはないけど…大学生になってからどこかで………あ…!)
「おいおいまてまて、つまりお前は_!」
「でもあの時しかヴァルキリーが単独行動しているのを見た事ないよ?」
「………。」
ヴァルキリーが唯一単独行動していたイベントを思い出し額に脂汗が滲む。
たしかあの時もこんな夕焼けだった。
「お前、今レベル幾つだっけ?」
「136。装備は魔剣しか出せないしアイテムも無いよ」
「……。逃げるかぁ」
「発電所に強い人達いるかもよ?」
「確かに。まぁ、一日中夕方にな訳でもないしまだ杞憂で終わるかもしんねぇからな。もうちょい様子見しますか」
「了解」
…
………
……………
早朝、まだ空が明るくなってからそう時間も経たない頃に町だった場所を移動する一団があった。
「悠二さん。感知に引っかかりました。左前方約二十メートル、ブラッドハウンド8体。既にこちらを襲う用意ができているみたいです」
「了解。真衣さんと俺で先行して対処に当たります。他の方は引き続き警戒をお願いします」
『了解』
ブラッドハウンド。実際に存在する犬種とは似ても似つかない凶悪な見た目をした四足歩行のエネミー。嗅覚が凄く優れており数百メートル離れても感知される。
「え!う、後ろから凄い勢いで何か近づいてきてます!」
「俺が殺す。気にせず進め」
「え、仁さんが!?」
拠点の外に出てから三十分程、悠二と真衣が居ない間での襲撃はもう四度目になる。
その度に進行を止め皆で固まり戦闘員で対処する形をとるため思っていたより進行が遅くなっているため、これまでエネミーの対処をしてこなかった仁もそろそろイラつきが出てきて遂に魔物の対処に参加する。
(思ってたよりエネミーが多いな。目の前で血飛沫を上げて死んでいくエネミーを見てガキどもも精神がすり減っていってるみたいだし、流石にサボっていらんねぇか)
「ただいま戻りました。エネミーの襲撃は無かったみたいですね」
「いや、あったけど仁くんが対処してくれたよ」
「えっ…!すいません仁さん、お手数おかけしました」
「別にいいよ。むしろ悪いな、今までサボってて。これからエネミーの対処は全部引き受けるから、あんた等はガキの子守りでもしてな」
「急に心変わりするね、仁さん。魔力は大丈夫なの?」
「地面に根を張って地球から魔力を吸収できるからな、魔力は大丈夫だよ。今までサボってて悪かったな」
「別に、私は全然大丈夫だけどね。もしかして仁さんって子供好き?」
「んな訳ねぇだろ」
会話しながら無詠唱で魔法を発現させ周囲三十メートル程まで仁と共に移動する無数の植物を生やす。
草を踏んだエネミーは感知され自動的に周囲の木々に殺され、例え空からの襲撃であろうと木の幹がそれを拒み絡めとる。
こうなった以上、生半可なエネミーでは接近することすら叶わずその命が刈り取られる。
「凄い…」や「綺麗…」と言った呟きがちらほらと聞こえて来る事から、それなりに好評の様だ。
「流石ですね。覚醒者の方はみんなこうなのでしょうか?」
「レベル150のプレイヤーに限らず、魔法を重点的に研究していたプレイヤーならこの程度できると思うぞ。悠二くんだっけ?君だって炎の魔法ならある程度広範囲に影響を及ぼす魔法を使えるだろう?」
「ははは。確かにそうですけど、俺のはフレンドリーファイアがないからこそ使える無差別攻撃ですから。こうやって人を守れる魔法はちょっと…憧れます」
「[人]じゃなくて[俺]を守る魔法だけどな」
「それでもこうしてみんなを守ってくれているじゃないですか」
「あぁ無駄ですよ。仁さん素直じゃ無いですから」
「お前なぁ…」
「はははは。本当に仲がいいですね、お二人は…」
どこか哀愁のある悠二の目に首を傾げる仁。
「何か含みのある言い方だな」
「え、はぁ、まぁ。その、俺は妹とそんな仲良く無かったので」
「へぇ?そりゃまた何で?お前さん実は性格悪いのか?」
「いや、自分で言うのもなんですが悪くない…筈ですよ?」
「んじゃ何でよ」
「…小さい頃は仲良かったんですけど…中学生の頃、妹とした約束を破っちゃって以来兄妹仲が悪化してしまいまして」
(ふーん。余程大事な約束を破ったとみえる。元々仲良かったなら妹ちゃんも折り合いを見て仲直りしたかったろうに。初めての大喧嘩で引き際がわからなかったか、はたまた…)
自分には居ない兄弟の話に興味を惹かれるがそれ以上に一つ気になった事ができた。
聞かない方がいいと思いつつ、人格改変の影響で歯止めが効かなくなったよく動く口を制御できず疑問を口に出してしまう。
「そんで、妹とは喧嘩別れしたのかい?」
「っ!!!」
「仁さん!それデリカシーないとか言うレベルじゃないよ!?」
「悪い口が勝手に。で、どうなの?」
「口が勝手にって…答えたく無かったら_」
「いえ、大丈夫です。…お察しの通りですよ。あの日の夜。友達とブレサリをやっている途中、ヘッドホンのせいで妹の悲鳴に気付くのが遅れて、駆けつけた時にはもう…」
「ありゃぁ、運が悪かったね」
「運、ですか…運命力何てステータス、全く役に立ちませんでしたよ。一応Bはあるんだけどなぁ…」
「何それ、もしかして今笑うとこ?」
「ええまぁ、正直妹の件はガチで凹んでるんで。あんまり辛気臭くしたくないって言うか何と言うか」
「ふーん。妹の蘇生は考えないの?」
「蘇生、ですか。勿論考えましたけど、殺された時の記憶を持って蘇生された妹は、正気で生きていけるんでしょうか?」
「あー確かに、ストレス障害とかの問題も出てくんのか。難儀だねぇ」
一人っ子で尚且つ親とも仲が悪く更に言うと親共々まともな倫理観を持っていない仁からすれば他人事以外の何事でもないが、それでもこの世界に生きる殆どの者が悠二と同じような悩みを持つ。
そして、生きていく以上きっと仁も持つであろう哀しみ。これと向き合える強さを、一体どれ程の者が持ち合わせているのだろう。
「kiss thet memory、その思い出に口づけを…」
「は?どした急に」
「知らないの?ゼロサーバーから全く移動せずに活動していたプレイヤーの魔法の一つで、能力はフィールドの時間反転。この他にも色々な時間操作魔法を使って全プレイヤー最強って言われてた人がいるんだけど」
「へぇ…知らんかったわ。それで?その時間野郎の力を使えばあの日からやり直せるかもって?」
「まぁ、そう言うわけ」
「三週間も巻き戻せんのか?それにできるんならとっくにやってんじゃない?」
「まぁそうなんだけど、その人が反転できる最大時間は自分の非戦闘時のプレイ時間らしいから、もしかしたら一年くらいなら行けんじゃないかなぁって」
覚醒者ならば8760時間(一年)と言わず17520時間プレイしていてもおかしくない。
だが、そんな希望を梓が否定する。
「ありえないよ」
「えっ?どうしてですか?」
「私、ゲーム時代に縁あってその人と話したことあるけど、完全に倫理観ぶっ壊れてたから。時間をあの日まで戻したとして、神様の気が変わって世界改変が起きないかもしれない。そうなる可能性がある以上、ブレサリ大好きイかれ野郎の[ゴッドマン]は絶対に時間遡行をしないと思うよ」
「マジですか…」
「まぁでも、あんたがその首を差し出せばあの日の0時1分くらいまでは時間戻してくれるかもね」
そう言って仁を指差す梓。
「は?何で俺が?」
「だってゴッドマン。あんたのPK被害者だもん」
「は?」「え?」「あーあ。もしかしてって思ってたけど…」
全くもって身に覚えのない。そう言いたげな仁だが、真衣には心当たりがあるらしく呆れた顔を仁に向ける。
「あんた、基本は大人数の雑魚プレイヤーを想定した戦闘スタイルだけど、理不尽な初見殺し魔法もいくつか使うでしょ?それでゴッドマンのことPKしたの覚えてないの?アイツ一週間くらい顔真っ赤にしてあんたのこと探してたけど」
「全く身に覚えがない。人違いじゃね?」
「ジンって名前で植物魔法使ってPKしてるやつあんたくらいしか居ないでしょ。あぁ、そう言えばもう一人いたっけ…?」
(マジで覚えてない、つか時間操る奴殺したとか俺強じゃん。お願いだから忘れててくんねぇかなぁ…!)
何て願い事をしてから6時間程、ヴァルキリーや他のレベルの高いエネミーと戦うこともなく、一行は高さ二十メートルはあるであろう巨大な石の壁を発見する。
この石壁は貞山運河に面して長く続いている様で、それぞれの橋に門が設置されておりそこから中に入れる。筈なのだが…。
「おーーーい!!!誰かーーーー!!!!誰かいないのかーーーー!!!」
「ダメそうですね。一体どうしたんでしょう」
「受け入れ人数の限界とか?」
「いや、それどころか私の感知魔法にも引っかからないんですよね」
(?この規模の石壁を作るやつが低レベルプレイヤーの感知を許すか?普通。……あぁもしかして)
「上に上がるぞ」
「え?」
『うわぁぁああ!!』
地面から超巨大な幹を数本やはし集団まるごと上へ上げる。落ちない様に一人一人枝で保護するあたり、一応気遣っていることが伺える。
数秒で石壁を越え、高所恐怖症の者からすれば気絶したくなる様な高所から見えるその景色には、
避難してきた人々が暮らす集落はなく、
建物の瓦礫、そして血と人間の死体の海が広がっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!!!
もしよろしければ良いねや感想等いただけると嬉しいです!!!
ですがそれよりも次の話も読んで頂けると嬉しいです!!!!!