覚醒者
水曜日に投稿しようと思っていた話を間違えて火曜日に投稿してしまいました。
今後はこの様な事が無いよう注意して参ります。
「ようジン。リアルで会うのは初めてだなぁ?」
全く反応できなかった攻撃と、気配もなく聞こえてくる若い女の声に驚き反射的に複数の魔法を同時に展開しようとするが、姿が見えず防御力を容易に突破してくるだけの実力を持つ敵だ、焦った所で飲み込まれるのがオチだろう。と考え自らを落ち着かせる。
ゲーム時代の様に油断をしてやられる事が無い様に状況は劣勢だと判断し出来るだけ動揺は抑えて、視界に半透明に広がるステータス画面で残存生命力の確認と裂かれた喉の修復をしつつ声の主を探す。
「おっと、熱心に探してくれるのは嬉しいけど私はそっちに行かないよ?」
突然、前方の虚空から若い女の声が聞こえてくる。しかし視界の先に人は見当たらないし魔力による索敵でも感知することが出来ない。
だが、仁は即座に声の主が誰か理解した。
リアルで会って聞いた声では無く、テレビや動画で見たインフルエンサーの声でも無い。
片手で数えられる程の回数しか行った事のないブレサリのボイスチャットで聞いた声だ。その中でも特に印象的だった為この声の主の事は良く覚えている。
「あー、あー。おぉ、ちゃんと治った。んで、何の様かな?[momo]さん?」
「あーあ、わかっちゃったか」
「そりゃ流石に分かるよ、画面越しに相対したアンタの陰険さは顔を見なくても声だけで伝わってくる」
「へぇ、言ってくれるじゃん。自分の立場わかってる?」
「そりゃあもう。俺の装甲貫通してダメージ与えてくるヤベェーのと、全プレイヤーで唯一空間魔法を使えるヤベェーのに襲われてるんだろ?俺」
「よくわかってるじゃん」
「んで、何で襲われてんの?俺。人殺しだから?」
「いんやぁ?内の茜ちゃんが強い奴と戦いたいって駄々こねるから、殺しても問題なさそうなお前にけしかけてるだけだよ?」
「へぇ、本名茜っていうんだ。ゲーム内で決闘ばっかしてたから人格改変でバーサーカーになっちゃったの?」
「半分正解で半分ハズレかな?元からジャイアントキリング大好きな格闘バカだったし、心のどっかで元から人殺したいって思ってたんじゃない?」
「そうかい。相手が誰かが分かったのはいいけど…はぁ、まったく厄介な奴に見つかったなぁ…」
一人はプレイヤーネーム、[momo]。空間魔法を唯一使えるレベル150プレイヤーで恐らく魔力ステータスは仁と同等かそれ以上な為、魔法で圧倒する事は難しいだろう。
そしてもう一人はプレイヤーネーム、[かかってこい]。勿論レベル150で尚且つ全プレイヤーの中で最も素早い敏捷性を持つ者が入手できる称号、スピードホルダーを持つプレイヤー。敏捷はSS、筋力はS +あるであろう化け物。肉弾戦に持ち込まれたら厄介だ。
(めんどくせぇ…)
「サシじゃなくて2対1なのは何んで?」
「そりゃ勿論、茜ちゃんが万が一でも殺されない様にだよ。あぁでも、私は基本闘いに参加しないから安心して」
「基本参加しない、ねぇ…。って事は、介入する可能性もあるんだろ?茜さんはそれでいいの?」
「構わない。殺しはしないからお前も安心しろ」
「ハハハ、そりゃどーも。んじゃあ、[咲き誇れ、五色桜]…!」
戦闘になるより先に自信へバフをかける。
[五色桜]筋力、魔力、耐久、対魔力、敏捷の五つのステータスを一段階上げる魔法。ゲーム時代では効果時間が決められていたが、現在は一定の魔力を使用した後魔力を払い続ける事により効果時間を伸ばす事ができる様だ。
「私もそろそろ姿を現そう」
その言葉が何処からともなく聞こえてきた後、仁の前に腰ほどまである長い黒髪を後ろで一本に結んだ少々目つきの鋭い高身長の美形か女が出てきた。
(へぇ?思ったより美人じゃんか。こういう奴もブレサリやってたんだな…って、ブレサリやってる奴大体男っていう偏見は良くないか。……つかヤベェな、肌でビリビリ感じる程の闘気を放ってやがんぞ、コイツ)
「随分長い髪だな、俺が切ってあげよっか?」
「遠慮するよ。どうせ、お前一人殺すのに髪が邪魔になることはないからな」
「ゆーねー。まぁいいや殺りあおうか」
「ああ。せめて私を楽しませてくれよ」
(短期決戦で勝てる見込みは全くない。恐らく俺の即死魔法は全て空間女に妨害されるし、かと言って初見殺し無しの順当な方法で攻め切れるビジョンは見えない。と言うかゲーム時代で短期決戦を仕掛けた時はボコボコにされたんだよなぁ…確か。だからあのバーサーカー女の魔力が切れるのを待つしかない)
「どうした?来ないのか?まさか女は切れない何て言わないよな?」
「いやいやまさか、単純にあんたと戦っても面白くなさそうだなと思ってやる気が出ないんだよ」
「ほう?じゃあ嫌でもやる気にさせてやろう」
女が左手に持った鞘に入れたままの刀に右手をかけた一瞬後、
「いっ!!」
仁の左腕が吹っ飛んだ。
吹っ飛んだ腕を幹でキャッチしつつ後ろを向くと余裕綽々と言った様子で茜が刀を構えることもなく突っ立っている。
敏捷のステータスが一段階上昇したところで仁の敏捷はA +、一方初期ステータスがSSな上魔力によるバックアップもある茜の敏捷はもはや仁とは三段階程の差がある。ランクが上がれば上がる程一つ下のランクと差が大きくなっていくゲームの仕様上、数値で表せばその差は少なくとも二倍以上あるだろう。
「うわぁ。今のほとんど見えなかったんだけど、一応今はA +程度の敏捷性はあるんだけどなぁ」
「当たり前だ。たかがA +が私についてこれるわけないだろう」
「そりゃあそうかもしれんけど、んじゃあ俺の耐久SSあるはずなんだけど、何で腕吹っ飛んだんですかね?」
「忘れたのか?私がレベル150に達する為に研究したテーマを」
レベル150に至るための研究。レベル100、そして150に達する為には経験値の他に、偉人レベルを上げる必要がある。偉人レベルとは、その者が作り出したアイテム、倒したエネミー、取得した魔法などによって上昇するステータス。レベル100に至る為には偉人レベル4が、レベル150には6が必要になる。
そして偉人レベルを6にするのにはゲーム内で設定された[偉業]と呼ばれる事を成し得なければならない。
(正直覚えてないけど、こう言う脳筋の目指す先なんざ予想できる)
「どうせ一撃必殺とかだろ?それとも無敵貫通か?」
「ほう、よくわかってるじゃないか。私はなぁ、消耗戦を仕掛けてくるお前みたいな輩が嫌いだから、ありとあらゆる防御力を突破する力を研究したんだ」
「傍迷惑な話だな」
「お前程でもないさ」
「ははは、やっぱ俺のこと殺す気なんだ」
「ああ、別に構わんだろう?」
「構うに決まってんだよなぁ![舞い踊れ、八重桜!]」
無数の桜の木々が地面から這い出てきて刃桜を散らしつつ幹や根を使い攻撃していく。
しかし目に見える程遅い攻撃があの女に当たる筈も無く攻撃を仕掛けた殆どの幹が切除された。
「随分と遅いな。まさか手加減しているのか?」
「いやいや、絶望的に相性悪いでしょ」
「お前が弱いだけじゃないか?」
「言ってくれるなぁ。んじゃあ…[散れ、や_]」
スパッ_仁が詠唱を終えるよりも前に喉を切り裂かれる。
発動しようとしていたのは対象の生命力を一撃でゼロまで持っていかせる即死魔法だったが、この対応を考えるに対策されているのだろう。
「流石に首は硬いな、もう少し深く切り込むつもりだったが気道までしか刃が通らなかったぞ」
「ちっ!クソ脳筋が脳味噌使ってんじゃねぇよ。空間女の入れ知えか?」
「ああ、桃華からいくつかの詠唱を唱えようとした時点で絶対に対処しろと念を押されてな」
「ほんっとうに七面倒くさいな…!」
「何だ、もう諦めるのか?」
「いやぁ!?とっとと満足してもらってどっか行って欲しいからな、もうちょい全力でやるさ…!」
「ふふ。その調子だ、さっさと本気を出してくれ」
力に驕っている訳ではなく、ただ単純に血湧き肉躍る戦闘がしたいが故のこの態度に少々やりにくさを感じつつ、(どうせ危なくなったら桃華が止めに入るだろう)とたかをくくり愛刀、桜丸を呼び出す。
([殺戮技巧、剣式、桜花爛漫])
桜丸の焔は刃桜を作り出し、舞い散る刃桜は五ヶ所に集まり人型を形作る。その右手にはそれぞれ若干焔の色が違う桜丸と同じ形の刀が握られており、勿論其れ等全ての焔も刃桜を作り出し桜丸より作り出された刃桜は中を舞い茜を攻撃する。
最早言葉を発する気も失せた仁は何も言わずに地面を蹴り刀を振るう。
俊敏に大きな差がある故その攻撃が当たることはないが、仁に加え五体の人型の猛攻により致命傷を与えられるスキルを使う隙を作れないため、茜も攻めあぐねる。
そればかりか、刀を振るうと加速度的に刃桜が生み出され、周囲の木々と仁達から作り出される刃桜は徐々に視界を埋め尽くしていく。
「ふむ…少々邪魔だな。[薙ぎ払え、ケラウノス]」
多少の被弾を覚悟して茜はその右手に持つ刀に魔力を集中させ、これまで視界を埋め尽くしていた刃桜に変わり眩い光が一瞬、視界を覆う。
目が慣れた頃、無数にあった木々と刃桜、そして仁の分身は跡形もなく消えていた。
「どうだ?お前の_」
茜が言葉を発している最中、彼女の真横に一陣の風が吹き抜ける。
「右腕はどうしたスピードホルダー!俺の速度についてこれなかったか!?」
「なっ…!」
ケラウノス発動の一瞬後、茜の反応できない速度で放たれる仁の斬撃は、茜の右腕を斬り飛ばした。
「さっきまで余裕綽々だったあんたへの意趣返しだ、教えてやるよ。今のは[殺戮技巧、剣式、桜花爛漫]って言ってな。いろいろ効果はあるんだが、その内の一つに分身が倒されるたびにステータスが向上する効果があるんだ。あんたのクソヤバ攻撃ケラウノスは知ってたからな。あんたがケラウノスを放つ前に刃桜を全て分身に変えた結果あんたが倒した分身の数は16体、まぁ一度に10体分のバフしか受けられないし、バフの時間も2秒だから今の初見殺しは一回しか使えんだろうが……アンタの腕を切り落とすには十分だったな」
初めて自分の前をいかれた事に胸が高鳴る茜は桃華の忠告などお構いなしに暴走し始める。
「[存在解放、主神招来]
[この一撃にて神話を刻む]」
(存在解放に、二つ目はどうせ防御無視のチート魔法だろ。ようやくマジってわけか)
「お前は存在解放を使わないのか?」
「ちょお!茜ちゃん!?ヒートアップしすぎ!帰ってきなさい!」
「断る。安心しろ、私は死なない」
「嘘つき!ゲーム時代はいつもそれ言って存在解放で自滅してたじゃん!」
「おいジン。桃華は気にせずとっとと再開するぞ」
「ちょっ!!」
「[存在解放、春眠の誘い]」
仁の魔法で周囲に変化は起こらないが、仁が殺し合う気ができたのかと思った桃華は声を荒立てる。
「ちょっとジン!!」
「わーっとるよ。でもここでやめたらコイツ絶対不機嫌になんだろ」
「それはそうだけどー!ああもう!茜に何かあれば絶対殺すからな!」
「俺はどうなってもいいのかよ…」
「そろそろいくぞ!!」
「おーらい」
茜が目で追うこともできない様な速度で刀を振るう。
刀を振るった。たったそれだけの動作で雷の斬撃が飛び、それに触れた物質は分子レベルで分解され例に漏れず仁の身体も真っ二つにされた。
「残念。ハズレだよ」
「ほう!」
確かに真っ二つになったはずの仁の体はいつの間にか何ともなかったかの様に元に戻っていた。
(さて、こうなったらもうお構い無しだ。楽しませるとかどうでも良いから耐久勝ちさせてもらうぞ…![殺戮技巧、魔技、常春のさざめき])
周囲の瓦礫が消失し、辺り一面は花畑になり無数の桜の木が一瞬にして出現した。
しかし脳筋の茜は花より戦闘。そんなものお構い無しに神速の斬撃を放ち続ける。
「…驚いた。今度はどんなカラクリだ?」
「これが終わったら教えてやるよ」
驚くのも無理はない。この空間ではありとあらゆる生物の生命力が一味満にならないのだから。花々も木々も仁自身も、これ以降茜の斬撃で傷つけることはできない。
「ふむ、ではこの花畑の外から攻撃するのはどうだ?」
そう言葉を残し花畑から姿を消した瞬間、周囲に神々しい程の雷の雨が降る。
「残念、それじゃあダメだよ」
「ならお前をっ」
次に仁を花畑のの外まで吹き飛ばそうとするが、
「……厄介だな」
茜は仁の体をすり抜けてしまい外に押し出すことができなかった。
「さてさて、お前さんの生命力は残り幾つかな?」
「そうだな、確かに残り少ない。こう耐久戦に持ち込まれた以上こちらも手段を選んでいられないし、特別に奥の手を見せてやろう」
「えっ奥の手?まだあんの!?」
「[終末を辿れ、リーヴスラシル]」
こうなれば勝ちが確定しただろうと油断に呆けた仁の目の前へ現れ、茜がその左手に持つ刀を手放した瞬間、半径十メートル程の空間が虚無に飲まれ消失した。
この空間消失にて消失しなかったのはただ一人、茜だけであり、仁の姿は何処にも見当たらない。
「死んだか」
「おめでとう、でも茜ちゃんももう戦えないでしょ?さっさとこっちに逃げてきな」
「そう心配しなくとも大丈夫だろう」
「わからないぞ、あんなんでも彼は快楽PK野郎だ__」
突如大地が脈打った様な感覚に襲われ言葉を止める。
発生源は間違いなく桃華のいる場所ではあるが、それより遠く離れた建物の中にいる桃華でさえ地球の鼓動の様なものを強く感じる。
「…始まったぞ」
「本当に帰ってくる気ないんだ。まぁいいけど、危なくなったら強制的に帰ってきてもらうからね」
地面より細い幹が生え、瞬く間に成長して10秒程で大樹へと成長した。見ただけで心を奪われる程の魅力を持つその大樹は花開く様に切り開かれ、大樹の中より仁が生まれた。
先程、茜と桃華が仁を殺しても問題ないと断言した理由がこれだ。
仁の偉業。それは貯蓄した余分経験値からレベル1〜150までに必要な合計経験値を消費することで完全な状態での復活を可能にしたことである。廃人と言って差し支えない程やりこんでいる仁の余剰経験値の量は尋常では無く、純粋な殺し合いであれば後数回仁を殺さなければ殺し切ることはできない。
「私の勝ちだな」
「殺した人間に対しての一言目がそれかよ」
「異論があるのか?」
「ねーよ、一回死んだら終わりの決闘じゃあアンタの勝ちだな」
その仁の言葉に茜は満足げに頷く。
「満足したならとっとと帰れ、じゃないと殺すぞ」
「そうだな、残念ながら第二ラウンドまでやる術が私には無いからな。あぁでも、服を台無しにしてしまったしそれくらいは容易するぞ?」
「要らない。つか誰の服渡す気だよ」
「(?)私のだが?」
「女物かよ」
「男が身につけられる服もあるぞ?」
「いらんから帰れ」
「何だ、次は勝つ、くらい言えんのか?」
「二度とやらねぇ、じゃあな」
「ふっ。お前程そっけない奴は珍しいな」
「あーそーかい。さっさと帰れ」
中々帰ろうとしない茜に全裸でジト目をかましている仁も、漸く殺し合い以外に何か用があるのだと気づく。
「まだ何か用あんの?」
「酷い聞き方だなぁージン。そんなんだとモテないぞ」
「はぁぁ……」
「えぇぇ、マジ溜息かよ」
「ジン。お前、これからどうする気だ?」
(は?急に何だこの脳筋)
「適当に徘徊して回ろうかと」
「そうか、暇なのか」
「お前にはそう聞こえたかもしれんが凄く忙しい」
「暇なら私たちと共に来ないか?」
「断る!」
「何故だ?理由によってはこちらの全勢力でお前を捕らえるぞ」
「いやいや、お前こそ何で俺を誘うんだよ。こちとらPKerだぞ」
「…この世界にゲーム時代のエネミーが出現していることは知っているだろう?」
「そうね、それが?」
「それはレイドボスも例外じゃ無いらしい」
「へぇ、倒したいレイドボスでもいんの?」
「その通りだ、その為に強い奴を集めようと思っている」
(美女からの誘いって字面は良いんだが、コイツと一緒にいると命がいくつあっても足りなさそうだから嫌なんだよなぁ…)
文字通り幾つか命を持つ仁だが、先程の調子で何度も挑まれてはいずれ復活出来なくなるだろう。
それに人間が魔法を使い、命がうまい棒くらい安くなったこの世界で桃華や茜といった高レベルなプレイヤーについていくのはリスクが高い。契約魔法を使われて一生奴隷としてこき使われる可能性もあるからだ。
「うん、やっぱ無理」
「何故だ?」
「自分を殺した奴と一緒にいたいと思える程俺はイカれてねぇ。それに、別段今からお前らと行動する必要ないだろ、俺をこき使いたくなったらそん時に呼んでくれ」
「そうか。まだ試したかったお前を殺す方法がいくつかあるんだが、それはまたの機会にするか…」
(もうやだこの人……)
「ではまたな」
「おーけーおーけー。また今度な」
「バイバイジン君」
「じゃーねー桃華さん」
まるで扉の奥に消える様に茜が消失し、漸く仁に安寧が訪れた。
(はぁぁ……。今日一日が濃すぎる。少なくとも当分戦闘はいいやぁ)
げっそりとした表情で帰路に着くこと数十分。禍々しい色合いと装飾を身に纏った物騒な大剣を握り、苦しそうに呻き声をあげる小柄な少女が倒れているのを発見した。
この少女自体は全く知らないが、少女が握る大剣には覚えがあった。
「はぁぁぁぁ……まさかお前さんもご近所さんだったなんてなぁ…」
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「とう!」
破壊の跡など一切無い綺麗なマンションの一室、そのリビングではしたなくソファに飛び込む茜。
「お帰り、茜ちゃん」
そんな茜に声をかける女が一人。
目鼻立ちは整っておりブラウス越しでも分かる豊満な胸をもった女。
その者の薄紫色の髪は膝下に達する程長く、また緩くかかったパーマがその者の印象を柔らかいものにしているが……身に纏う魔力は尋常なものでは無い。
「ただいま桃華。別段好みの男だった訳では無いが、振られてしまったよ」
「残念残念。元から望み薄だったし気にせず行こうぜ?」
「そうだな。琴音はどうした?」
「琴音ちゃんならお買い物、じゃなくて火事場泥棒。今日はカレーを作ってくれるらしいよ」
「おお!それはいい知らせだな。期待して待とう」
噂をすればなんとやら、琴音という人物の話をしていた二人の下に本人が帰ってきた。
ブロンドの長髪をハーフアップにしているこれまた美人な女のプレイヤーネームは「聖女ちゃん」であり、[命運の選別](自分他のプレイヤーを蘇生する)という偉業を成した者である。
余談だが、茜と桃華に比べると慎ましやかな胸をしている事が悩みである様だ。
「ただいま。一応聞くけどジン君の件、どうだった?」
「めちゃくちゃ拒絶されたよ。まぁ、殺しに来た奴等に『仲間にならない?』なんて言われても普通断るよね〜」
「そう…」
「残念そうだね」
「そりゃあ、ゲーム時代じゃ私より早く蘇生をやってのけた人だからね。魔法の事について色々と話し合いたかったんだけど…まぁ、無理だったものは仕方ないか」
「悪いな。私の我儘のせいで随分と警戒されてしまったよ」
「いいよ。それで、私達が彼と敵対して勝てる見込みはありそう?」
「んー…。ぶっちゃけ確実に勝つんならもうちょい覚醒者必要だね。彼、本気で私と魔力の陣取り合戦やったら余裕で勝ちやがったから。舐めプ無しでガチガチに殺し合う気なら即死魔法連発されてボコボコにされると思う」
「魔力の陣取り合戦?何だそれは」
魔力の陣取り合戦なんてワードゲーム時代には無く、ゲームの力が現実に持ち出されより自由に魔法を行使できる様になった事でうまれた概念な為、聞き覚えのない茜はその言葉に首を捻る。
「あーまぁ私が勝手にそう呼んでるだけなんだけど…例えば私が茜ちゃんに魔法で作った炎を当てるとするじゃん」
「ああ」
「その場合、この世界じゃまず炎を作り出す空間に魔力を送って、その魔法を作り出すでしょ?」
「そうだな」
「でも炎を作りたい空間に茜ちゃんの魔力があると上手く作れないの。だから茜ちゃんの魔力を退かす為に自分の魔力を茜ちゃんの魔力にぶつける。魔法を使わせたくない茜ちゃんは退かされまいと魔力を操作したり新しく送り込んだりする。そうやって起きるのが魔力の陣取り合戦って訳よ」
「成程な」
と説明する桃華だが、実際の話。体外へ出た魔力で陣地の奪い合いをする程自由に魔力を扱える者など、この改変された世界でも今の所は一握りしか存在しない。
「全力でやっても陣地を取れなさそう?」
「私に本当に近い空間なら取れるよ。でも自分の手足の延長って言わんばかりに植物魔法を行使するジン相手じゃ全力でやっても周囲五から十メートルが精一杯だと思う。しかも私がアイツに近づかれたら勝てるかどうかも分からない不安要素付き」
「……じゃあ、ジン君が敵対する可能性は?」
「それはゼロだと思うぞ」
「どうして?」
「一度私に殺されたくせに、魔力も生命力も尽きかけた私に一切の殺意を向けなかったからな。殺しても怒らないなら何しても怒らないだろう」
「いやぁ?わからないよ〜?」
「何故だ?」
「ほらだって、自分はいくら言われてもいいけど、大切な人を傷つける奴は許さない!ってあるあるじゃん」
「確かにそうね」
「なら私等が彼の私物にてをつけなければいい」
「まぁそれはそうなんだけどね」
「まぁ、それだけ分かったのなら上出来だよね。って事で、頑張った二人には私がカレーを作ってあげましょう」
「いやったぁー!カレーだー!」
「肉多めで頼むぞ」
「勿論、わかってるよ」
それだけ言い残しキッチンへ向かう琴音の顔には、少々歪んだ笑みが浮かべられていた。
(うっふふふ。良かったぁ、彼が強いままで。あぁ、断られちゃったのは残念だけれど、いつか必ず彼には私の足を舐めてもらわなくっちゃ。ゲーム時代じゃ散々私を苔にしてくれたお返しはいつか絶対に……っふふふ)
人格改変の影響は個人の恨みも反映される。
故に、PKを行い数々の恨みを買った仁の様なPKerは現実世界でも恨みを持たれている事がある。
最後までお読みいただきありがとうございます!!!!!
よろしければ良いねやレビュー等していただけると嬉しいです!!!
何より次の話を読んでいただけると幸いです!!!!!!!!!