悩む者
「アルラルト様。ジン一行の三日間の調査結果が届きました」
「よこせ」
今行なっている書類仕事の手を止め、秘書から受け取った封筒を開き中身を読み始めるアルラルト。
その後ろではアルラルトの肩を揉むバニーガールが封筒から取り出された紙を覗き見ている。
【覚醒者ジン及びその仲間の報告。
[仁]又は[ジン]
愛刀の桜丸が破壊された為東京に来た模様。
普段は外に出ず自宅にいることが多い為、詳しい性格等は不明だが、[ウサギの地獄耳]より聞いた対象の態度から、高圧的で自分本位な人となりが伺える。
また、本日バニーガールの柊が対象の自宅を訪問した際、突然[ウサギの地獄耳]の存在に気がついた事と、我々が知り得ない手紙を柊が渡していた為、反逆者からの手紙を受け取った可能性がある。
[ウサギの地獄耳]に気がついた際、我々へ次は無いと忠告をしたためこれ以降の盗聴はこの都市の存亡に関わる。
奥田が柊を個室に呼び出した際、対象の名前を持ち出して断っていたことから、おそらく柊を気に入った様である。
[啓文]又は恐らく[サードアイ]
断定はできないが、覚醒者である事と声から[あいあいチャンネル]と言う名前で動画投稿をしていた[賢者]と思われる。
後述する[比代理]という者の親である。
小学生程になる娘を持っているからか性格は穏やかで敬語をあまり使う事がないものの相手を不快にさせない喋る方をする。
外出する際の様子では後述する二人の保護者という感じであり、初日の言動から身内に手を出された場合怒り狂う可能性がある。
[真衣]又は[不明]
レベルが149と高く、また余剰経験値が15,949,915,929を超えている為、経験値だけで言えばレベルが150に達している。しかしその戦闘能力や取得技能は不明。
性格は明るく、[比代理]とは血縁関係こそないものの[真衣お姉ちゃん]と呼ばれ親しまれており、本人も実の妹の様に接している。
[ジン]とは謎語を使わず気兼ねのない様子で接していた為、関係性は不明だが使える可能性がある。
[比代理]又は[不明]
レベルは1と低いが、世界改変後に幼い子供がレベルを獲得するのは困難な為アバターだけ所持していたものと思われる。
先述した[啓文]の実の娘の模様。
性格は、改変後の世界で人やエネミーの死体を目の当たりにしている様に思えない程明るい。
常に[啓文]か[真衣]が近くにいる為攫うのは困難。
また、[啓文]と[真衣]から溺愛されている様で、手を出せばこちらが火傷をする可能性がある。】
報告書を読み終わったアルラルトは深い溜息をつく。
(随分少ないと思ったが、馬鹿がスタッフを通じていくらでも金を出すと言ったせいで外に出る必要もなくなって戦闘能力を押しはかる機会がないのか…。まぁ、言ってしまったものは仕方が無いとして、流石にコイツ等が叛逆軍に加わるのは何としても避けたいな…)
「おい。ジンの担当スタッフを柊から確実にこちら側の者へ変更しろ。いいか?出来るだけ経験回数の少ない美人な女を見繕え。啓文には外出経路に露出度の高い女を配置して女で釣れるかどうかを探れ。真衣には美形な男をそれとなく近づけさせてどうにか落とさせろ。比代理と年の近い子役を用意して……いや、ガキはボロが出やすいか。最後のは無しだ。とにかくジンを落とす事に注力しろ。しかしもしジンが鬱陶しいといった様を見せたら直ぐに引け、こちらに出来るだけ悪い印象を持たせるな」
「畏まりました。しかし柊よりいきなり担当を移すと睨まれるかもしれませんよ?」
「それもそうか。なら共に連れて行け」
「畏まりました」
(ああクソ!奴等をこっちに引き込む手段がこれしか無いのが本当に歯がゆい!がしかし兎に角今は手を打たねばならな…。何せ相手はあのゴットマンをPKしたPVP最強と言っても良いプレイヤーだ。カルマ値が低い相手に強く出れる俺ではあるが相手に回れば流石に分が悪い。全く、面倒な…)
仁への対応に頭を悩ませるアルラルト。
今まで金や権力や異性で人を引き入れて来た為残念ながら人達へ打つ手を間違えたが、果たしてこの者の行く末に光はあるのだろうか。
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「無事に手紙は渡せたみたいだよ」
「そうか」
東京西区第12階層にあるクラン[聖女ちゃん信仰隊]の一室で三人の覚醒者が集まっている。
その中に聖女の姿はなく、代わりにくたびれた目をしている20代後半程の男がいる。この者は茜が新しく勧誘した[藤田 陽介]というプレイヤーである。
「あのー…」
「何だ?」
「桃華さん達からたまにでるジンってあの最強のPKerのジンですよね?」
「そだよー」
「で、今そのジンに勧誘の手紙を渡したんですよね?」
「そうだな」
「いやいやヤバイでしょ!もし俺等が襲われて対処できるんですか!?」
「アイツが本気で我々を殺しに来るとすればどうにもならんかもしれんな」
「はぁ〜!?なら何でそんなヤバイの勧誘してるんですか!?」
「そりゃだって、ジン君囲われたら勝ち目無いじゃん」
「それはそうですけど!そうなんですけど!!もっとこう、交友を深めてから確実に引き入れた方が良く無いですか!?」
「えーだって仁君この都市に来て四日間の内初日に案内されただけでここ三日引きこもってるんだもん。グズグズしてたらあっちに先越されてバッドエンドなんだよね」
「えぇ…PKerの癖に引きこもりなんだ……」
どうしようもない状況に頭を抱える陽介だが、とあることに気づく。
「あれ、引きこもって人を殺しに行かないって事は、もしかして人格改変の影響をあまり受けていない?」
「その様だな」
「ついでに言うと世界改変初日に私達が襲って初見殺しで一度殺したけどあんまり怒ってなさそうだったね」
「は?今なんて?」
「凄いでしょ、一回だけだけど茜ちゃんは仁君の事殺してるんだぜ?」
「は?今なんて?」
「だーかーらー。私達仁君の事一回殺してるんだよねって」
「よく殺せましたね」
「相手油断してたし私達のこと殺す気なかったし初見殺しで殺したんだけどね」
「………つまり、もしその事を内心根に持たれていたら」
「私達終わりかなぁ?」
「終わったぁ……」
「大丈夫だと思うよ?仁君優しそうだったし」
「今のうちに逃げようかな…」
「そう気を落とすな。アイツならきっと私達に協力してくれるさ」
「あー駄目だこの人達」
一週間後の対面で殺される事を悟った陽介はこの世の終わりの様な顔をする。その顔は絶望に満ちたものではなく、寧ろ全てを諦めたことによって清々しくなった様子が伺える。
「ま、やっちゃったものは仕方ありませんしね。いざとなったらその無駄にでかい乳をジンに差し出して俺の命だけは助ける様に言ってください」
「何言ってんのお前、セクハラで奴隷に落としてやろうか?」
「はっはっはーそうすれば一週間後殺されなくて済みそうですね」
「馬鹿なの?あんたの首で手打ちにしてもらうに決まってんじゃん」
「クソ尼め俺の上司を思い出すぜ」
「さぞ美人な人だったんだろうな?」
「ええ、そんでもって事あるごとに溜息と一緒に俺を罵倒してくる人格破綻者でしたよ」
「何だ、性格は私に似てないのか」
「何言ってるんですか、人格破綻者であることに違いはないじゃ無いですか」
「ははは、コイツどうしてくれようか」
「ははは、流石人格破綻者」
「はぁぁ……やめないか二人共」
最早罵倒大会となりそうだった二人を茜が呆れた表情で止める。
「だって〜。この変態が私にセクハラするし悪口言うんだもんー」
茜の胸に飛び込み甘えた声で訴える桃華。
「何言ってるんですか、元を正せばあなた達がジンに喧嘩売ったのが悪いでしょう」
「落ち着け陽介。さっきも言ったが、恐らくジンはあの件に関して怒っていないとおもうぞ、なんせあの時生き返ったジンは私を殺そうとしなかったからな」
「女性だからじゃ無いですか?茜さん達の仲間の男ってレッテルだけで殺されるかもしれないじゃ無いですか」
「それも無いだろう。言葉では言い表せんが、アイツはそんな小さな奴に思えんのだ」
「……はぁ…。まぁ茜さんがそこまで言うのならここは引きますけど、流石に手見上げ無しに会うのはやめてくださいね」
「お前の首があるじゃん」
「顔と胸と空間魔法しか取り柄のない人格破綻者は黙っておいてください」
「手見上げについては……。陽介、男は何をもらったら喜ぶんだ?」
「そうですね…」
そう聞かれ様々な物を思い浮かべる。
(まず猫耳の薄幸そうな奴隷少女でしょう?後はゴスロリ娘に妹系女子。あーロリっ子からお兄ちゃんって呼ばれてぇ〜。って俺のこと性癖が相手に刺さるか分からんか)
「まぁ無難に美女か権力か金か強強アイテムとかじゃ無いですか?」
「女を物判定してるお前はやっぱり屑だな」
「あのジン相手何だから倫理を気にして出し惜しみするのは良く無いでしょう」
「いや、我々は奴隷解放も目的として動いているんだ。報酬に女を差し出すなどあってはならんだろう」
「まぁそうですよねぇー」
「お金は無意味だと思うよ。仁君達働いている様に見えないのにお金に困ってなさそうだったから」
「となると権力かアイテムか…」
今現在司祭の権力を持っている仁がこれ以上の権力を求めるかは怪しいところ。となると必然的にアイテムが三人の頭に浮かぶが…。
「アイテムっていったって何が欲しいんだろう。てか、仁君が何か欲しいアイテムがあるんだったら街に繰り出してそれ探すんじゃない?」
「確かに。じゃあやっぱり桃華さんがその身を差し出す方向で」
「結婚ならまだしも一方的に身を差し出すのはやらないよ?」
「え、結婚ならいいんですか?」
「まぁね。そうしたらこの世界割と思うがままにできるじゃん」
「うわぁ…愛が無い。ひでぇ」
「世の中そんなもんだよ」
(そもそも私恋愛何てした事ないしねぇ…。もしかして本当にレズなのかな?私。昔はあんなにお姫様に憧れていたのに…純粋無垢な私は何処へ行ったのやら)
いきなり自分の人生に色恋がない事を思い返して感慨に浸る桃華。
今までの異性からも同性からも幾度となく告白されたがその悉くを断って来た為、そろそろ愛など関係無しに結婚し子供を残す決断をせねば手遅れになる考え政略結婚の様な形でも悪くないと考え始める。
「それは私が許さんぞ。桃華、お前には愛のある結婚をして欲しい」
「無理でしょ」
「何故だ」
「だって中学生あたりから一切胸がときめかないんだもん。私だって何となく恋愛したいなーとは思って来たけど、いい男がいないんだから仕方ないじゃん」
「やっぱり人格破綻者なのでは?」
「腹立つけどそうかもしれない」
「まず理想の男というのを思い浮かべろ」
「って言われてもなぁ」
「例えば私の好みといえば、私と本気でヤりあえる強さを持っていて屈強な体を持っている者だ。陽介はどうだ?」
「は?俺男ですけど」
「いいから」
「そうですねぇ。やっぱり身長が低くて守ってあげたくなる様な女の子ですかね?」
「ロリコンじゃん」
「黙れ人格破綻者」
「言い返せねぇー」
本気で色々な特徴を思い浮かべるがどれも良いと思えない桃華。
その内恋愛や結婚なんてどうでも良くなってきたところで、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。
「入れ」
「失礼します。今週の孤児院の収支をまとめましたので確認をお願いします」
入って来たのは事務スタッフとしてこのクランで働いている30代前半の女だった。
「ああ、わかった確認しよう。ところで、桃華に男の理想像がなく一生愛のある結婚ができそうにないと困っているのだが、安城さんから何かいい案はないだろうか?」
「愛のある結婚、ですか?」
「ああ。極論恋愛をさせてやりたいのだ」
「別に私はしなくていいって思ってるけどねー」
「桃華、お前さっきと言ってることが違くないか?」
「もーどーでも良くなった」
「あの、一つ思い浮かんだのですが」
「おお、何だ?」
「理想の相手を好きになるのではなく、自分の事を好きになってくれた男性の良い点を日常で見出していき好きになっていく、というのはどうでしょう?」
「おお!惚れた女に好きになってもらうより、自分に惚れた女を好きになる方が楽って奴ですね」
「まぁ、そうとも言いますが…あまりいい気しませんね、その言い方」
「成程な…どうだ?桃華」
「え?どうって言われても…私に惚れてる男がどこにいるの?」
「それについてはクラン内に山程いると思いますよ」
その言葉にクランに所属している男達を思い浮かべるが……。
(パッとしねぇな。関わり合いたいとも思わない。でも折角出してくれた提案だしなぁ…)
「うん。私の為に考えくれてありがとう。茜ちゃん、安城ちゃん。私、頑張ってみる」
「おお!ではクラン内からお前に合いそうな男を見繕ってやる」
「いや、それはいい」
「ん?自分で決めるのか?」
「いや?だってこのクランに私と本気でやりあえるの茜ちゃんしか居ないでしょ?」
「ん?」
「だから、私と本気で殺し合えて、尚且つ私の事を好きになってくれた人の事を好きになってみる。身体的特徴は割とどうでもいいから」
そんな桃華の発言に溜息を吐く他三人。
本気で言っているのか素で言っているのかは分からないが、少なくとも桃華が本気で人を好きになることは当分無い事は確かだろう。
「さ、無駄な時間を過ごしすぎたな、皆、業務に戻るぞ」
「了解」
「え、私の恋愛の話はまだじゃなく無い?」
「桃華、お前も仕事にかかれ」
「え、なんか冷たくない?」
それ以上茜が返事をする事はなく、納得いかない様子でクランハウスから転移する桃華だった。
「いっそあのジンがあの人のこと好きになってくれればまだ未来はあるかもしれないですね」
「ふーむ、ジンか。さっきはああ言ったが正直相当警戒されていると思うぞ」
「ダメじゃん。あ、ゴッドマンはどうです?」
「そのゴッドマンはどこにいるんだ?英語もマスターしているという噂も聞いたし、もしかしたら日本にいないぞ、そいつ」
「……ま、生きてりゃいい人見つかりますよ」
「そうだな。きっと見つかるよな」
【急募、空間魔法を使う覚醒者に勝てる男】
無意識に紙にそう書いていた茜は、その文字を見て頭を悩ませるのであった。
今回は主人公の登場しない話となりましたが如何だったでしょうか?
退屈に思われていない事を願いますが、無駄に長くなってしまいましたし少々反省しています。
次回は主人公も登場しますので私を見捨てず次の話も読んで頂ければ幸いです!!!