身分
「でっけぇ……」
ロッジを発ってから四日と少し、眼前に広がる巨壁を前にそう呟くことしかできない仁。
「デカいだけじゃないよ。この壁魔力も通さないし繋ぎ目もない。多分これを作ったのは…」
「僕と仁君と同じレベル150プレイヤーの[トーマス]だろうね」
「へぇ、ブレサリにも青い機関車居たんだ」
「居るわけないでしょ。どう言う世界観よ」
遥か彼方まで続く巨大な白亜に感心する三人だが、慣れない言葉達に少女が首をかしげる。
「まりょくって何?」
「ん?あぁ、魔力って言うのは、僕等が魔法を使う時に使うお金の様なものさ。目には見えないんだけど、これを使う事で魔法以外にもさまざまなことができる様になるんだ」
「へぇー、そうなんだ。私も魔力欲しい」
「ははは、実は比代理にも少しあるんだ。だから今日明日にでも魔力を使う練習をしようか」
「うん!」
最高レベル三人に魔法を教わる少女は果たしてどれ程成長するのか。未来に思いを馳せる啓文だが、まず目先の問題をどうにかしなければならない。
「右と左どっちに進むか。間違えたら後丸一日くらい歩く羽目になるぞ」
「いっそ上から侵入すると言うのは?」
「俺はいいぞそれでも」
「冗談。確実に迎撃されるでしょ」
「じゃあジャンケンで俺が勝ったら左に真衣が勝ったら右に進むか」
「うん。そう…しなくて良くなったかも、左から人くるよ」
ギリギリのタイミングで真衣の耳に足音が聞こえた。
まだまだ距離があるらしくこちらから出向くと、同じブレサリの防具に身を包んだ男二人に出会した。
「こんにちは。いくつか質問があるのですが、少々お時間いただいても宜しいだろうか?」
こう言う場合、一番年長の啓文が対話する事になっているため比代理を真衣に預けて前に出る。
「ええ、勿論大丈夫ですよ」
「良かった。じゃあまず、ここは東京都であった場所であっていますか?」
「いえ、位置的には元々埼玉県があったあたりですね。ですがこの壁の中は全て東京って事になっている感じです」
「成程、じゃあこの中に入るにはこのままあなた方が来た方向へ行けばいいのでしょうか?」
「そうですね。このまま壁に右手がつく様に進めば30分程で55度門に着きますよ」
「分かりました。ありがとうございます、お手数をおかけしました」
そう言って別れようとしたが今度は相手から話しかけてきた。
「あなた方はプレイヤーですよね?」
「え?ええ、そうですよ」
「そうですか。なら大丈夫だとは思いますが、一応言っておきます。この中ではレベルや能力によって階級が決められていて力を持たない人や低レベルプレイヤーは余り良い暮らしをしているとは言えません。受付のバニーガールの話を良く聞いて中に入るか判断してください」
(いや何故にバーニーガール?)
男の言葉に首をかしげる三人と殆ど何が何だかわかっていない少女が一人。
「階級ですか。この子は力が強くないですが小さい子にも適応されるのでしょうか?」
「そうですね。孤児であれば国、というか覚醒者の方が運営している孤児院で最低限の生活は出来ますが、親のいる子供は親の階級と同じ場所に属する事になります。それ以外にも、皆さんでパーティ申請をすれば四人の平均レベルが100を超えた時点で最もレベルや貢献度の高い方の階級にみんなで属することができます」
「そうですか、ありがとうございます。では私達はこれで」
「ええ、さようなら」
二人組の男と別れ門へ向かう。
「階級社会とか、日本人怒り狂いそうだけどな」
「憤りは覚えど従うしかないんだろうね。政治家は初日で殆ど亡くなっただろうし、警察や自衛隊の武器や兵器も改変日に全て消失したみたいだから、今は皆力のあるプレイヤーに頼るしかないのさ」
「え、自衛隊の件初耳なんだけど」
「まぁそうだろうと思っていたよ。あの日、この世界から武器や兵器、それ以外にも船や飛行機といった大陸間を移動できる乗り物も消えたらしいよ」
「はぇぇ…どーりで救助ヘリとかおらんわけだ」
「そんな事より話しておくべき事あるんじゃ無い?」
突然の真衣の言葉に何も思いつかない仁。その様子を見て啓文が代わりに答える。
「レベルや貢献度、能力によって階級が決まるのであれば最低限ステータスを覗かれる事になるだろうからね。その事だろう?」
「はい。この世界で生きていく上で情報はゲーム時代以上に重要なものになってくると思います。ステータスを見られると言うことは対処法も見えてくると言うこと、今までは小さな避難所にしか居なかったから警戒する必要も殆どありませんでしたが、ここまで大きな町だと仁に恨みを持つ人や比代理ちゃんを人質にとって啓文さんの能力を酷使しようとする人達が居るかもしれません。正直、ステータスの開示はリスクが高く無いですか?」
明確な階級社会なのであれば何が起きても非人道だと訴えても一蹴されるだけで終わる。
比代理以外はある程度自衛ができるかも知れないがレベルが一の比代理はこの数日よりも危険が付き纏う可能性がある。
「まぁ確かに、ここに用があるっつっても俺の武器が欲しいってだけだしここはスルーで別のとこ行くのもありか」
「仁君がそう言うのなら僕は構わないけど、そうするとして次はどこに向かうんだい?」
「テキトーにぶらぶらーっとするしか無いだろ。お前さんらに会うまではそんな感じだったしな」
「う〜ん」ととりあえず歩きながら考える。
しかし漠然と東京へ行くとしか決めてなかった一行からすれば、特に良い案も見つからない。
「東京行かないの?」
「おや、比代理は行きたいのかい?」
「うん。だって大きくて人たくさん居て、凄いところなんでしょ?」
「うーん、どうだろう。僕等も今の東京がどんな感じか知らないからね。比代理が期待しているものは無いかもしれないよ?」
「そうなの?」
「ははは。こればっかりは僕もわからないや。ごめんね」
「うぅうん。でも行けないのはちょっと残念」
「行っても良いが、危ないかもしれんぞ?」
「パパ達よりも凄い人がいるの?」
「いや、全員俺より雑魚」
「凄い自信だな〜…」と呆れた顔で呟く真衣に苦笑いの啓文。
だが確かに事対人戦に限れば例え比代理の救済を行ったため[偉業]による蘇生回数が更に減った仁でも、茜(脳筋)戦の様に油断さえしなければやられる事はまず無い。
それでも不安要素は幾つかあるが正直な話、この非現実的な都市に皆行ってみたいと言う気持ちもある。
であれば。
「ステがどこまで知られるか分からんが、一本しかない魔剣に珍しい植物魔法使いに聞くやつが聞けば声だけで身バレする動画投稿者。誰かがヤル気なら正直対策を立てられんのは免れんだろうし、ここは『こっちもテメェ等信用してねぇから』って言う態度で植物魔法やら機械人形やら全開で行くってのはどうだ?因みに勿論態度は高圧的。これは俺だけで構わんが」
「私はそれでいいよ。ただ、比代理ちゃんが襲われるなんて事があったら…」
「ああ、クソ眼鏡が起こしたラグナロクみたいにそんときゃ死ぬ気で暴走してやろうか」
「ははは。本当に、反省してます」
「まぁそれは良いんだが、啓文はどうする?お前さんが行かないって言ったらそっちを優先するぞ。正直それが一番安全だからな」
「いや、実は僕も中に入ってみたいんだ。だから僕も仁君に賛成するよ」
「比代理ちゃんも中入りたいよね?」
「うん!」
「なら決まりだ。そろそろ俺の耳にも人の声が聞こえる様になってきたし、ここからは気張っていこうか」
「「「おー」」」
厳かな装備に身お包む者からボロいTシャツを着て疲れた目をしながら何処かへ歩いていく者。
様々な者達が良く目につく様になってきた頃、漸く門へたどり着いた。
門には中に入ろうと列に並ぶ者やこれからクエストに出るかの如く意気揚々と外へ出てくる者、そして先程あった男二人組と同じ防具を身につけている者達が数人。
察するにあの者達がここの警備兵の様な者なのだろう。
その内の一人に近づき啓文が声をかける。
「やぁこんにちは」
「こんにちは」
「この中に入るにはあの列に並べば良いのでしょうか?」
「住民票をお持ちであればあの列に並んで中へ入れば良いのですが、察するにあなた方は初めてここにくる方々ですよね?」
「ええ」
「であれば別の受付がありますのでご案内いたします。どうぞこちらへ」
「分かりました。ありがとうございます」
男に案内されもんとは別の扉から中へ入り、外壁の中の一室に案内された。
案内された部屋のソファーに座り待っているとノックが響きそれに反応すると、「失礼します」と言う艶めかしい声の後に金色の髪を長く伸ばしたバニーガールが一人入ってきた。
「お待たせいたしました。私は皆様にこの都市の説明の説明と、入る際の手続きを担当させて頂く[柊 しうね]と申します者です。これより少しの間よろしくお願いいたします」
「「「よろしくお願いします」」」
「何でバニーガールなの?」
挨拶を返した三人とは違い場違いな質問をする仁に、恐らく素も入ったこの言動に「はぁ…」と短い溜息を漏らしてしまう真衣。
しかし、そんな仁に柊は全く動揺することもなく笑顔のまま平然と答えを返す。
「この都市の運営をしております[アルラルト]様のご趣味でございます」
「へぇ」
「他に何かご質問はありますか?」
「無い。さっさと質問に入ってくれ」
「畏まりました。ではまずこの都市から説明させていただきますが、皆様この都市の成り立ち等はご興味あるでしょうか?」
「ない」
「であれば、そう言った余談はこちらの冊子に載っておりますのでご興味が有ればお読みください」
そう言って人数分の冊子をテーブルの上に出し仁達へ差し出す。
「それでは説明させていただきます。
この都市は半径15キロメートル、地上2キロメートル、地下1キロメートルの円柱状となっておりまして、地上8階層地下10階層の計18階層で構成されております。
内部は逆円錐状の吹き抜け構造となっておりまして、上へ行けば行く程日光の当たる面積が大きくなっております。
私達が今居る地上は第11階層となっておりまして、こちらの階層は様々な店などからなる商業エリアとなっておりまして、ここは身分に関係なく利用が可能となっております。
次に今出てまいりました身分についての説明をさせて頂きます。
この都市では身分制度が採用されておりまして、上から12席次、司祭、戦士、市民、労働、そして最も下が一般的に奴隷階級となっております。
これらの階級によって使える施設や行くことのできる階層が変わっていきます。
こちらの身分を最初に決定する基準となるのは第一にレベルです。
レベルを持たない方々は労働階級
レベルが1〜99の方は市民階級
レベルが100〜149の方は戦士階級
レベル150の方は司祭階級
レベルに関係なくこの都市運営の中枢の方々は12席次という身分についております。
階級を上げるには単にレベルを上げるやり方の他に一定の貢献を認められるか、私共の様に特定の役職に就く事で身分を上げることができます。
また、パーティやクラン、という制度を使う事で自らの階級権限で入れるない階層などに立ち入ることができます。
そして、親族制度により、レベルを持たないお子さんでも親御さんと同じ階級に着くこともできます。
これらの為に都市に入る方にはこちらの魔道具[ボッカ・デラ・ベリタ]と言う紙へ皆様のステータスや技能などを書いていただきます。その際、名前とレベルは必須事項となっておりますがそれ以外の記述については皆様に委ねております。
ですがこの魔道具に虚偽の情報を書く事はできなくなっておりますのでご注意ください。
先程ステータスや技能などは書かなくてもいいと申しましたが、書いた場合、都市に有益な技能や珍しい技能をお持ちの方は身分がレベルに関係なく高い状態で暮らす事ができる可能性がありますので、なるべく書かれる事をお勧めいたします。
続いて立ち入ることのできる階層ですが、まず労働階級の方は_」
「ああ、待って」
ここまで大人しく聞いていた仁が待ったをかける。
そんな仁に啓文や真衣は(変なこと言って話をややこしくしないでくれよ)と思い仁へ目線を送るが、比代理は何が何だか分からず退屈しているようで、先程から啓文の手を使って遊んでいる。
「先にその紙にレベル書かせてくんね?態々下の階級のお話聞きたく無いんでね」
「畏まりました。ではこちらをどうぞ」
そう言って差し出された紙にそれぞれ名前とレベルを書く。
「真衣、お前は余剰経験値も書いとけ」
「わかった」
「んで、これで良いんだよな?」
「え、ええ。覚醒者の方々でしたか。それに仁というお名前から察するにあなた様は…」
「ああ。ゲーム時代じゃよくPKをしていたが、そういう奴は入場お断りなのか?」
「いえいえまさか!そんな事は一切ございません!むしろ僭越ながら歓迎させて頂きます」
「へぇ、そりゃ良かった。んでコイツは余剰経験値合わせりゃレベル150いってんだけどさ、一人だけ身分低いの気持ち悪いから真衣も司祭階級にしといてくんない?」
「それは…申し訳ございませんが私の一存で決められることではありませんので、後程上の者に掛け合っておきます」
「悪いねぇ、頼んだよ?」
顔はにこやかだが殺意を込められたその言葉に返事もできず固唾を飲み込む柊。
「では、説明の続きをさせていただきます。
司祭階級の皆様は私有地を含めた殆どの場所に立ち入ることができますが、最下層にだけは立ち入りを制限させて頂いております。
また、通貨を使用せず物を買うことができますが、その際は私共が立ち合わせて頂くか、後程ご案内します銀行にて必要な金額を伝えていただければその場でご用意いたしますのでそれをお使いください。
この都市で使うことのできるオリジナルの貨幣ですが、通貨単位は[オル]となっておりまして、
鉄貨 1枚で一オル
銅貨 1枚で十オル
大銅貨1枚で百オル
銀貨 1枚で千オル
大銀貨1枚で一万オル
金貨 1枚で十万オル
となっております。
お申し付けくだされば私共が皆様の家まで荷物をお運びしますので、大きな物を購入の際などはお声かけください。
最後に奴隷階級の説明をさせて頂きます。
こちらは、人としての運用がなされておらず、どちらかというと物としての扱いとなっております。
お金が無く自ら奴隷に落ちる例や、犯罪を犯し奴隷に落とされる例がありますが、皆様が奴隷落ちする事はございませんのでご安心ください。
その他気になることがございましたら私共にお声かけ頂くか、今からご案内させて頂きます仮の住居の中にQ&Aブックというものがございますよでそちらを参考にしてください。
今からご案内させて頂く住居にご満足いただけない場合は、後日お好きな物件を選んでいただきそこに住んでいただく事が可能です。
施設案内に関しては、皆様の空いている御時間を伝えていただければその時間にご案内させていただきます。
これで説明をおわらせて頂きますが何かご質問等ございますか?」
柊の言葉に啓文が比代理に使われていない左手を上げる。
「どうぞ」
「ここの治安はどれくらい良いのかな?」
「皆様がお住みになる最上階層は旧日本よりも良いです。しかし下層に行くにつれ治安が少しずつ悪くなっていき、人の多い場所ではすりなども横行していると聞きます」
「成程。じゃあ、僕等に何かあった時、どのくらいの自衛が許可されるんだい?」
「都市の大規模な破壊で無ければお好きにして頂いて構いません」
「相手が12席次の人達でもかい?」
「ええ。12席次の方々に非があるのであれば構いません」
「非があるかどうかは誰が判断するんだい?」
「レベル150プレイヤー[アルラルト]様でごさいます。あの方は価値を研究し続けたプレイヤーで、両者の罪を押しはかることもできます」
「それでソイツが俺らに非があるっつったらどうなんの?」
「当分の間、外に出る際私共がついて回ることになります」
「それだけ?殺し合わないの?」
「ご冗談を。あなた方と戦えば東京は二度目の崩壊を迎えることになってしまいますよ」
「へぇ?もしかしてレベル150そんなに多く無いの?」
「現在9人覚醒者の方がこの都市にいらっしゃいます」
「あっそう。それだけなんだ」
(9?え、そんなに居んの?マジでやりあうことになったら9対3だろ?いけるか?……相手によるけど行けなくも無いか)
「あ、そうだ。なぁ柊さん」
「何でしょう?」
「あんたから見てこの都市はいいとこかい?」
「……ええ、素晴らしい都市ですよ」
一瞬の間を置いて口を開いた柊の魔力は分かりやすく揺れていた。
この世界で数ヶ月暮らしていく内に、人は感情によって魔力の揺れ方が変わる事に気づいた仁は彼女の魔力の揺れ方をみて愉快そうに笑った。
「はははっ。そうかい、そりゃいいね」
(怒りか。保有魔力が多いわけでも無いしレベルも高く無いだろう。であれば…あーあ、一人旅だったらこの都市を面白おかしくできそうだったのになぁ……残念残念。ここは大人しくしとこうかなぁ)
「他に質問はございませんか?」
「僕はないかな」
「私も」
「私も無いよ!」
「俺は…また後で他の奴にでも聞くわ」
「畏まりました。では皆さん、外出の際には必ずこちらを身につけてください」
渡されたのは煌びやかなブローチだった。
「こちらはゲーム時代のアイテムとなっておりまして、装備して頂ければお召し物に傷をつけることもございません」
「装備って何?普通につけんのとじゃ違うの?」
「ご自身のステータス画面を開いていただいて、アイテム欄より今身につけている防具やお洋服に装備させることができます」
「んぁぁ、これか」
「こちらが皆様が司祭階級である証となっております。もし紛失された場合はお早めにご連絡ください。では、これより皆様のご自宅へご案内いたします」
最後まで読んで頂きありがとうございます!!!!!
今回は説明ばかりで退屈の方がいたかもしれません!申し訳ございません!!!
ですが良ければ次の話も読んで頂ければ幸いです!!!!!!!!!