眠り姫
研究所へくる途中、仁から「扉に鍵がかかってたりしたら絶対にぶっ壊せ。躊躇するな。あいつなら怒らない」と念を押されていたため、四角く角張った建物の扉を蹴破り中に入る真衣。
侵入者撃退用であろうヴァルキリーに襲われるがその悉くを叩き潰して先へ進む。
進むべき道もわからないが、何となくで進む。
一階では大量の台とその上に横たわった試作品であろう作りかけの大量の機械人形や、何が入っているかもわからない大量のダンボールが散乱していた。
内装にはこだわらなかったのか適当に設置されたであろう吹き抜けの階段を駆け下り地下へと進む。
地下一階は先程とは全く違う内装となっており、幾つもの部屋で構成されている様だった。
どれも鍵がかかっており、これ以上施設を破壊するのが気のひけた真衣は一番厳重そうな扉を切り開く。
「えっ……?」
立ち込める異臭と眼前に広がる光景に脳が追いつかず立ち止まってしまう。
「なに…これ……」
あの優しい啓文がやったとは思えず呆然と奥へ進み辺りを見回す。
しかし啓文や比代理は見つからず、その視界には解剖され腐り果てた大量の人間の遺体と、まるで標本の様に水槽で浮かぶ分解された人体だけであった。
「どうして……本当に啓文さんがやったの…?」
「真衣」
「!…仁か。良かった」
「よくねぇだろこの状況。何企んでんのかしらねぇけど、最悪比代理も危ねぇぞ」
「っ!!急ごう!!!」
「あいよ」
階段を見つけ下へ降りてゆく。
地下三階…最下層は地下一階と同様に簡素な作りになっていた。
円形に配置された大量の水槽と中央に一際大きい円柱型の水槽が一つ。床には魔法刻印であろうものが大量に刻まれている。
中央の水槽には比代理がマスクをつけ漂っており、その前には啓文が佇んでいる。
「啓文さん!!」
「やあ。結局、来てしまったんだね」
背を向けたまま答える啓文。その言葉にはいつも以上に覇気がない様に感じられる。
「…比代理ちゃんを、どうする気なんですか?」
「どうもこうもないさ。研究が間に合わなかったんだ。今はこうして延命しているけどね。そう時間もたたず、体で繁殖した様々な菌がこの子を殺すだろう。僕はそれを看取るしか出来ないんだ」
「あれ?ロボットにでも改造すんじゃ無いの?それくらいは出来んだろ?あんた」
「…まぁね。でもやめたよ。きっと後悔するって思ってね」
「ふ〜ん」
言いたいことは沢山あるが、何から聞けばいいのかわからず混乱してうまく口が動かない真衣。
誰も口を開かず、少しの間静寂が場を支配する。
「全部、全部教えてください。比代理ちゃんの病の事も、上の惨状も全部…!」
「ああ、いいとも。…そうだね。あの日、世界が壊れた日から話そうか」
ポツリ、ポツリと話し始める。
「世界改変の日、早くに異常を察知できた僕は荷物をまとめて近くの学校へ向かったんだ。けれど、当初は力を使える人も少なくてね。あっという間に学校が破壊されてしまって、別の場所に逃げたんだけど、何処にも安全な場所がなくてね。最終的に、君等も知っているあの発電所にたどり着いたんだ。
その時にはまだ、物語の中の様な力を自分も使えると思ってなくてね。比代理を生かす為に必死だったよ」
「まって、その発電所って……」
「真衣、今はおとなしく聞いとけ」
「でも…!」
「いいから。ここで話の腰折ってちゃいつまで経ってもおわんねぇぞ」
「………。」
不満そうな真衣だがそれでも押し黙り、啓文の言葉をまつ。
「…発電所は沢山のプレイヤーが建物や施設、外壁や日用品を作ったり、エネミーを対処したりして安全な空間が形成されていたよ。過ごしていくうちにブレサリのプレイヤーであれば力を使えるって聞いていたんだけど、力を使える感覚も無かった当時の僕は冗談かはたまた自分は選ばれなかったんだと思って本気にしていなかったよ。
なぁ、君達は避難所で暮らしたことがあるかい?」
突然の質問に間髪入れず「ある」と答える仁。
「ま、あんまり長期的にはいたことが無いけどな」
「そうか。それでもわかるだろう?段々と尽きていく食糧や、あっちこっちから襲ってくるエネミー、次々と死んでいく人々。段々と余裕も無くなって、二日三日でプレイヤーが声を上げる様になったんだ。
『食糧や医療品、日用品の配給はプレイヤーから先にやれ』ってね。
プレイヤーに守ってもらっている人々は不満は漏らせど従うことしかできずに、僕もその例外では無かった。
ある日、家から持ってきた薬が全てなくなっていたんだ。
その事をプレイヤーの人に相談したら、『お前等無能者の薬類は全てこちらが統括する』って言って取り合ってくれなかったんだ。
それどころか、僕等がエイズだって知ると彼等は僕等を隔離した」
「エイズ…?」
「免疫不全症候群。俺等は病魔耐性があるから病気にかかることはないが、その逆で体の免疫機能が低下しいき様々な病気にかかりやすくなりついでに重症化しやすくなる。例え風邪でも命取りになる可能性が出てくる厄介な難病だよ。感染経緯は主に性行為だが、比代理の場合は先天的に持っていたものなんだろう。遺伝ってやつだ。最近じゃ薬で症状の進行をだいぶ遅らせることができたって聞いたが…」
「薬も貰えず耐性も持っていない比代理は直ぐに発熱し出したよ。それに加えて、僕の病魔耐性も何故か消えていてね。このままじゃやばいって思った僕は藁にもすがる思いで武装を呼び出したよ。
ただ、呼び出した武装が良く無かった。
力の使い方もわからない僕はその時、オーディンを呼び出してしまったのさ。
オーディンとオーディンの持つ箱から呼び出された機械人形はね、僕のことを襲うことはないけれど言う事を聞いてくれないんだ。
指揮系統を僕ではなくオーディンにして自立した技術ラグナロク。
そんなものを作ってしまった僕は、次々に呼び出される機械人形を止めることができず、暴走した彼等は避難所を焼いたよ。
君等レベルで無い、いや、普通の覚醒者では対処できない筈の彼等は最も容易く人々を虐殺し、それを呆然と眺めることしかできなかった僕は。全てが終わった後、無事に残った数少ない薬と比較的綺麗な死体をヴァルキリーで運びこの山に辿り着いたんだ。
薬の量はそう多くなくてね。
実は僕や比代理が飲んでいたカプセルには十分な量の薬が入ってなかったんだ。
分解して騙し騙し薬を飲む生活なんてそう長く続かないことは嫌でも理解できたからね。
あちこちにヴァルキリーを飛ばして薬を探しながら、掻っ攫ってきた死体を使ってエイズを治す研究に着手したよ。
でも、医者でも無い、リアルでは何もできないポンコツの僕じゃ病気の研究なんてできるはずもなくてね。次は成長する機械の体を作ろうと頑張ったんだ。
でも、どれだけ頑張ってもできたのは機械人形に意識を投影する事だけで、比代理を比代理のまま生かすことはできなかったんだ」
語られた過去に至るまでの経緯に、真衣は何も言えずにいた。
医者の親をもつ彼女だが、専門の勉強などしたことがないため力になることはできない。
ラグナロクを起こして大量の人間を殺したとは故意では無いようで責めることができない。
何か言いたいが何を言えばいいのかわからない。
「もう、どうする事もできないの?」
震える声で恐る恐る聞く。
「ああ。発電所の人達や実験台にしてしまった人達には申し訳ないけどね。その行為も意味がなかったよ」
「仁は……?仁は二人を直せないの?」
急に振られ脳を回転させるが…。
「無理だな。俺じゃあどうする事もできん」
「そんな……」
「が、まぁ何もせずに見殺しにすると真衣がいじけそうだしなぁ…おい眼鏡、あんた今まで死体を使って人体の研究してきたんだろ?」
「ああ。そうだね。でも遺伝子の組み替えすら出来なかったよ」
「それは俺がやってやる。テメェは脳の移植と人体の精製をやれ。真衣にも働いてもらうぞ。上手くいく確率なんて宝くじに当たるよりひきぃかもしれんけど、どうする?」
仁より発せられた提案に、これまでとてつもない程苦悩し研究してきた啓文は無責任に思えた言葉に初めて声を荒げる。
「遺伝子の組み替えって…!そんな簡単な事じゃ無いんだ!僕だってこれまで沢山実験をしてきた!でも!…でも、一度も成功しなかったんだ…!」
「そりゃあ俺だって他者の遺伝子なんざ組み替えらんねぇよ。だが自分自身のものは別だ。元に俺は人体を別の遺伝子を持ったものに置換することに成功している。まぁ別の人間の遺伝子への変換なんて正直出来るか分からんけど…」
「自分、自身を…?」
「ああ。俺が自分の遺伝子情報を書き換え、同時にあんたが人体を比代理のものへと改変する。その間真衣が俺の全身の血液を比代理の血液に置換する。簡単に言うが問題は山積みだ。単純に各々の作業が成功するか分からんし、作業中に拒否反応の様なものが出る可能性もあるし、比代理の脳を移植した後正常に体が動くかもわかんねぇ。失敗すれば比代理にとどめを刺すことになりかねんしな」
それでも、やらなければ比代理に待つのは確実な死。
「私にそんなことできるかな?」
「知らん。だが頑張らんと比代理が死ぬぞ。それと、おい聞いてんだろダインスレイフ。いつも散々俺の生命力吸ってんだ。たまには働け」
仁の言葉に真衣の中にある魔剣が鼓動する。
「えっ…?嘘、魔剣が反応した…?」
「へぇ?それは上々。んでどうする啓文さん。あの子の親はあんただ。あんたがやらないって言ったらやらんし、やるって言うんなら最善を尽くす。しこたま悩んであんたが決めな」
「僕は…」
「啓文さん!やりましょう!私嫌です!これで比代理ちゃんとお別れなんて!!」
「僕は……」
中々決断できそうに無い啓文に「今ここで決めなくていい。それまで比代理の延命に尽力しな」と言おうとした仁だが、それよりも前に啓文が口を開く。
「僕は沢山の人を殺したんだ…死体を解剖もした。いいのかな?僕が…僕等が幸せになって」
「そりゃ人によってはアンタに憤りを覚える者も居るだろうさ。むしろ沢山いるだろうな。だが、そもそもアンタを追い込んだのはクソったれの神様と…俺等と同じ人間だ。確かにアンタは罪なき人々を死へと追いやったんだろうが。それでもアンタが幸せを手にするかどうかはアンタが決めることだ」
「僕に、それを決める権利があるんだろうか?」
「ある!なんせアンタの人生だ、他人なんて踏み躙る気持ちで生きてけ」
「僕にそれが許されるんだろうか…」
「俺が許す!だからいい加減立ち直れ!」
仁の言葉に(何でこの人こんなに自信満々なんだろう)と考える真衣だが言葉には出さない。
しばしの沈黙の後。啓文はようやく口を開く。
「お願いしてもいいだろうか?僕には…もうそれしか残されてないんだ…」
「おう。お前も頑張るんだぞ?」
「勿論だよ。僕に出来ることならなんだってしよう」
「んじゃとりあえず研究資料と比代理の遺伝子や血液サンプルをもってこい。真衣は血液の解析と複製を研究しろ。おいダインスレイフ、テメェは俺について遺伝子研究だ」
仁の言葉に皆それぞれ動き始める。
「さぁぁて、ゲーム時代にゃ無かった偉業だ。あいつ等には悪いけどワクワクするねぇ!」
それから三日三晩研究は進められ、仁の切断した腕を比代理のものへ変換する実験に成功した。
しかしそれでも研究は終わらない。
万全を期すため更に数日間実験が進めらていく…。
そして遂にその時がきた
全身を全く別の人間のものへと変換するその試みは
脳移植を含めた全てが
見事成功に終わった。
あれからもうすぐ三週間。
確かに心臓が動いているものの比代理は目を覚ます気配がない。
「あん時は上手くいったと思ったけど…こりゃー失敗したかねぇ?全く何が悪かったのやら」
(啓文のエイズを治す術もねぇしなぁ。も少し様子を見るが、いざとなったら親子共々俺が介錯するかぁ…)
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