娘
目の前の机に次々と料理が運ばれてくる。
白米にサラダに野菜炒めにステーキに漬物。
食欲を誘う匂いに思わず「ぐぅ〜」とお腹が鳴る。
「野菜なんてどっから持ってきたんだ?」
「近くの農園からさ。食べる人も育てる人も居なくなったんだ、僕等が食べたって何の問題もないだろう?」
「農園にねぇ?お前が取りに行ったのか?」
「まさか、僕じゃあ向かってる途中に力尽きちゃうよ」
「サードさんは創作属性の解析をしてその正体を突き止めて、更には自分でヴァルキリーを作り出すことができるんだよ。だからプレイヤーで唯一創作属性で武装している人なんだ」
「へぇ?成程ねぇ……。いや、そういうことなら合点がいったよ」
面白そうに笑う仁に少し困った顔をして笑みを返す啓文。
「じゃあ僕は娘を呼んでくるから。少し待っててくれるかな?」
「へぇ…!サードさんって娘さんがいらしたんですか」
「あぁ、まぁね」
「………。」
ロッジの階段へ向かう啓文ではなく天井に目を向ける仁。
(上で寝息を寝息をたててんのはアイツの娘だったのか。身体的特徴から真衣よりもはるかに幼い…小学生くらいか?膨大な魔力も感じないし薄らと感じ取れる筋肉繊維にも内臓にも何らおかしいとこは感じ取れないが……アイツの娘ってだけでどうにも胡散臭いな)
「どんな子だろーね?」
「小学生低学年程の女児、髪は長めで腰の十センチ上あたり程あるな。乳歯の生え変わり具合で年齢も特定できただろうが色まではわからんから正確なところはわからんな。あぁそうだ、多分ちゃんとした人間だぞ」
「仁……人の家に魔力感知で詮索入れるのはプライバシーの侵害だよ」
「甘いこと言うな。相手は覚醒者なんだろ?警戒しておかないと取って食われるぞ」
「そんな、仁でもあるまいし」
「はい傷ついた。謝りなさい。俺が人を取って食う奴だと思っていたことを謝りなさい」
「ごぺんなさい」
「懐かしいなそれ」
そんな他愛もないことを話していると少女を抱き抱えて啓文が階段を降りてくる。
少女はまだ眠そうに目を擦り寝ぼけた眼で仁と真衣を見る。
「お待たせ。紹介するよ、この子は僕の娘で名前は比代理。比代理、こっちのお兄さんが仁君でこっちのお姉さんが真衣君だ。さ、ご挨拶なさい」
「比代理です。えっと…八歳です。好きな食べ物はりんごです。後パパが作ったご飯はみんな好きです」
「わぁかわいい!初めまして!逢坂真衣って言います!気軽に真衣お姉ちゃん…何て呼んでくれると、嬉しいな。えへへ」
照れ臭そうに自己紹介する真衣。
世界改変前は自分より幼い子供に接する機会が全くと言っても無かったため少々興奮しているようだ。
「うん……真衣、お姉ちゃん…?」
「!!!!うん!ありがと!仁もほら、仁お兄ちゃんって呼んでもらえば?」
「別にいい。それより飯にしよう」
「もう、素直じゃないなぁ。比代理ちゃん、このお兄さん顔は怖いけど中身は優しいから安心してね」
「うん」
それぞれ食卓につき仁以外一斉に『いただきます』といい箸を持つ。
「しまった。昼間とはいえ寝起きの比代理には少し重いかな?」
「だいじょーぶ」
「そっか。無理してはダメだよ?」
「うん」
親子の会話に顔を綻ばせる真衣とは対照的に目つきの鋭い仁。その目は視線だけで射殺さんばかりにステーキ肉を見つめている。
(一つの皿に一列にもられた9枚のステーキ肉、恐らくこれが真衣が行っていたデブキツネの肉だろう。厚さはどれも均等に見えるが四人で割るとするのならば一人当たり二枚食べて一枚余る。普通であれば年下に譲らねばならないが寝起きということもあってガキンチョは食わないだろう。となると真衣が欲するかどうかだが、コイツの場合何も言わずに我が物顔で食べれば文句こそ言ってくるかもしれないが呆れつつ許してくれる。胡散臭い眼鏡は年上だからどうでもいい。
となるとステーキにかけられたタレの問題になる。
最初は出来るだけタレのかかってない肉で肉本来の味を確かめたいがそんなことをしていると他の肉の影になっていない一番タレのかかった肉を誰かに取られてしまう。
どうする……?
どう………どん…?丼か!!
好きな肉を三つ、いや二つ白米の上に乗せて丼にすれば違和感なくタレの少ない肉と多い肉を味わえる。
よしきた俺天才!)
考えがまとまり早速実行しようと箸をとるが…。
「あむ。美味しい」
「そうかい?それは良かった」
仁が馬鹿みたいな思考を繰り広げている間に既に箸をとっていた比代理がいの一番に最もタレのかかったステーキき肉を頬張る。
(ガキィィィィ!!!テメェェェェェェェェェェェ!!!!!)
「どうしたの仁、怖い顔して。もしかしてお腹痛い?」
「いや、何でもない…」
怒りを抑えて肉を口に運ぶ。
しつこい脂身はなく、上品な肉の甘みと旨味、そしてそこにほのかに香るタレの香辛料。長いことキャロリーメイトばかり口にしていた仁からすれば確かに何よりも旨いステーキに感じれた。
「おや、盛り付け方が悪かったみたいだね。少し待ってて、今タレを小皿に分けてくるから」
(眼鏡ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!いや、啓文さんんんんん!一生ついて行くっス!!!)
心の中で一人騒ぎながら迎えた昼ご飯は、仁にとってこれ以上無いくらい満足できるものとなった。
…黄昏た空を飲み込んだ闇が一層深くなった頃。
仁はふと、目が覚めた。真衣は仲良くなった比代理の部屋で一緒に眠っている為ここには居ない。
(綺麗だな……しょんべんついでに外に出て星でも見ようかな。あぁそうだ。酒があるかわからんがあるなら少し拝借していこう)
そう思い立ち、窓から見える満点の星空に誘われて部屋を出る。
(酒酒……おお、日本酒か。悪くない、一瓶頂いて行こうか)
瓶を大事そうに抱えて外に出ると、啓文が三体のヴァルキリーに囲われているところに出くわした。
襲われているわけではなく、その内の一体の頭に触れて目を瞑っている。
(何やってんだコイツ)何てことを思いながらもあまり気にせず屋根へ飛び上がる。
「やあ。夜更けに日本酒を持って、月見酒かい?」
「おしい、星見酒だよ。んでアンタは何やってんだ?」
「ヴァルキリー達の調整をね。ほら、君等に突然襲い掛かったらことだろう?」
「成程ねぇ……なぁ啓文さん。アンタ…次は何企んでんだ?」
「ははは。酷いなぁ、僕はそんなに怪しく見えるのかい?」
「そりぁもう…!容姿格好ステータス。何もかも胡散臭くて仕方がねぇよ」
「ははは。そう直接言われると傷つくなぁ」
「茶化すなよぉ………仙台火力発電所で起きたラグナロク、あれの原因アンタだろ」
声を低くして真面目なトーンで言い放った仁の言葉に、ほんの一瞬啓文の魔力が揺らいだ。
「ああ、本当だったんだ。わかりやすく動揺してくれてありがとうね」
「……。昼食前の含みを含んだ笑みの時点で気づかれてるだろうと思っていたけど、どうして僕が犯人だと思ったんだい?」
「感」
「そうか…。それで、確かに僕は何千何万という人を殺したけど…君はそれを聞いて僕を殺すのかい?」
「まさか、俺はどこまで行っても碌でなし。それだけは世界改変前から変わらん事実だからなぁ、正義のヒーローは他の奴に譲るとも。俺はただ気になるだけだよ。アンタがこれから何をするつもりなのか」
仁の瞳は依然として星空を映し出し、その体から魔力を放出することもない。
ただ純粋な疑問。純粋な質問。
答えはお前に任せる、そんな雰囲気の仁に啓文も答えを漏らす。
「僕はね。子供の成長を見届けたいんだ。安心しておくれ、君達に危害が加わることはない筈だから」
悲しく笑う啓文にチラリと目を逸らし、「あっそ」と呟く。
「なら上手く隠し通せ。ガキを盾にすりゃあ真衣がお前さんに手を出すことはないと思うが、他の連中は違うだろ。真っ当にブレサリをプレイしてきた連中はきっとお前を許さないぞ」
「ああ。重々理解しているつもりだとも」
「そうかい」
空からやってきたスレイプニルに跨り、今度は啓文が仁に質問する。
「参考までに聞いておきたいんだけど、君は愛した人間のために子供から老人まで大勢の罪なき人達を殺さなきゃならない時、君は愛する者と大勢の人間、どっちを取ると思う?」
「さっさと失せろ。酒が不味くなる」
「ははは、酷いなぁ答えてくれてもいいだろうに」
「うるせぇ、人に答えを求めんな。自分で決めたんならそれを全うしろ。自分で考えて考えて考え抜いて出した答えなのなら、それを貫き遠さねぇと過去のお前が報われねぇよ。…だが、罪の重さに耐えられなくなったってんなら俺に言え。娘諸共、一切の苦痛なくあの世へ送り出してやる」
「………。ありがとう」
そう言い残し空へ駆け上がる。
その背中は凄く小さく思え、とてもあれ程の業を抱え切れるようには見られなかった。
「アホゥめ。弱気になるくらいなら人格改変を受け入れてておけば良かったものを。にしても、俺も俺で酔ってるからか柄にもない事言っちゃったなぁ………寝るか」
その夜仁は、ヤミィフォックスを乱獲している夢を見た。