姫崎見は調理する③
話題を現在に戻そう。かとって姫崎見がその他のメニューを料理しなくなったわけではない。現に昼食はハンバーグである。ポテトサラダにもコンソメスープにも手抜きは見て取れない。玉ねぎをみじん切りにするリズミカルな音も一定だったし、タネの空気を抜く音も変わった様子はない。ソースに使う赤ワインを買う時には一苦労するなんてことはもう何度聞いたかしれない。しかも、夕食のメニューももう決められていた。ギョーザだそうだ。ちょっぴりばかり穏やかに戻った姫崎妙は雑誌を閉じてキッチンの方へ。
「お兄、なんか光ってない?」
ちらり覗くと、カウンターに置いてある白いプラスチックの一部分がほのかに光を放っているように見えた。
「ああ?」
いよいよ焼き始めようかとしていた姫崎見はそのキッチンタイマーに目をやった。確かに光っていた。まな板の横に置いてあったアイラップを握ると、指を伸ばした。
「ねえ、お兄。なんだったの? ……お、兄、……?」
スリッパのつま先がちょっと気になって見てから視線を上げると、姫崎妙の手から雑誌がするりと落ちた。さっきまでそこにいた兄の姿はもうシステムキッチンにはいなかった。