戻って来られた学校で
目の前には見慣れた校舎があった。チャイムが鳴った。校内からにぎやかさが弾けてきていた。
「何限だ?」
腕時計を見てため息を吐いた。完全に遅刻だが登校しないわけにはいかなかった。
まっさきに姫崎見が向かったのは自分の教室ではなかった。一年生の教室。その室内から目ざとく彼を見つけて駆け寄って来た。
「お兄、何したの?」
妹の姫崎妙だった。驚くのは無理はない。朝一足早く家を出たとはいえ、兄の髪がこんなにぼさぼさになり、体中に汚れやら衣類の切れ跡があったりなど、ましてやその姿で登校などありえないのだ。
「これ」
どこか定まらない焦点のまま、カバンからピンク色のランチ袋を姫崎妙に渡す。
「そうそう。ありがとう。てかなんで今?」
登校後忘れたことに気付いていたが、きっと兄が持って来てくれることは確信しており、それなのに三限経過しても来なかったため、購買でパンでも買わなければならないと思っていたところだ。
「別に心配はしてなかったけど。事故ったとか急病とか、そんなことお兄にはないし。けど、メールかライン送ってくれてもよかったんじゃない」
早口にまくしたてる。
「あ、お兄。おかずだけじゃん」
どうも感触がいつもと違うと気付いてランチ袋の口を開けてみると、主食が見当たらないのだ。
「お兄!」
心ここにあらずの頬をペチペチと叩く。
「おにぎり! 今朝作ってたでしょ。なんでないの」
「ああ、すまない。俺のもないんだ」
「なんで?」
「なんでって……」
またしても遠い目になる兄に怪訝となる。
「アクシデント、かな」
「ちょっと、何があったのよ」
慌てて兄の身体を揺さぶってみるが、ぼんやりしたままの姫崎見が答えたのは、
「妙、俺は世界を救ったのかもしれない」
なんぞ言い始めた。姫崎妙の表情がみるみると険しくなっていった。
「お兄、疲れてるんじゃない? 夕飯、私作ろうか」
「いや、大丈夫。その頃までには落ち着くだろうから。悪いけど、昼の主食は購買で買ってくれるか。じゃあ」
やはりどこか夢遊的な足取りで行ってしまう兄の背を見ながら、姫崎妙はぎゅっとランチ袋を抱きしめた。