決戦後
事後処理をしなければならない。負傷した兵士の治療。荒れた国土の改修。一連の件をまとめる報告書の作成などなどなど。
それに何より。オニギリを悪用した張本人たちおよび研究協力をした学者たちの身柄確保と事情聴取、裁判それに処罰(そもそも連中がやらかしたという裏取りをどこから仕入れてきたのか、フィフェティ曰く「ケンは聞かない方がいい」とのこと。隠密部隊または諜報機関はどこにでもあるようだ)。ライオンみたいな魔獣と化したあの猫は城下にいた本当にそこいらにいる猫だったのだが、あくどい奴らによって毒オニギリの実験台となったとも判明。元の姿に戻ったものの今後の推移を見守らなければならないため、軍のペットもとい保護観察中となり、テバサ・キがその最高責任者に任命された。とはいえあの凶暴さはすっかり鳴りを潜め、大人しいかわいげのある愛玩小動物である。なんといっても元魔獣が睨みをきかせているのだ。
慰労会もそんな一つの中に数えることもできるだろう。なにせ、国難を回避したのである。兵士ばかりではない。上官も作戦参謀も大臣も浮かれ気分に浸ったのが疲労によるハイテンションだとしても、国土保全の安堵によるものだとしても、国王からお咎めが発せられることはない。
ともなれば、調理場が今度は戦場になるのは必然で、料理長クピ・ディッパーを筆頭に確実に腱鞘炎になる勢いで野菜や肉を切ったり、鍋を振ったり、汁物をかき混ぜたり、そんなこんなをこなしていくのである。
そんな中に、
「ケン殿、本当にこれを使うのですか?」
異世界からの救世主がここでもおにぎりを握っていた。ある意味で労われる筆頭にいるはずの男子が。
「ああ、こっちにも代わりになるものがあるといいんだけど」
姫崎見の補佐役となった料理人が味噌をまじまじと見る。
「どう見ても排泄」
「コラー! 調理場でなんてこと言ってんだ!」
見た目の感想を述べている途中でたしなめられた。
「原料は豆だぞ。それを発酵させ」
「豆! 豆? 豆……」
ラワタにも大豆に似た植物がある。それをこのように変態するなんぞどの料理人にとっても奇怪この上ないらしく野戦が一時停戦になったくらいの静寂になった。視線が一点に集まる。そこにいた料理人の誰しもが、魔獣が化した獣人テバサ・キを思い出していた。
「さすがケン殿。規格外だな」
味噌は魔獣のメタモルフォーゼと同類らしい。
「豆ならば、ちょっと味見を」
匙に掬って味噌を舐める料理人。まるで勇者を称賛するような声が上がる。匙を咥えたまま料理人がサムズアップをするものだから、
「焼きオニギリが楽しみだ」
「私たちも浄化されてしまうのだろうか」
「フィフェティ殿はおしとやかになったとか」
「なに! あのフィフェティ殿が!」
などなど騒ぎ立ってしまった。
「お前たち! 今は調理が先だ!」
クピ・ディッパーの一喝によって、停戦は破棄され再び野戦が始まった。「な、俺のおかげだろ」なんて言ってそうな視線を姫崎見に投げかけて調理を再開する料理長。
「説得力がなあ」
姫崎見は料理長の背中をジト見る。なぜなら、料理長クピ・ディッパーの白衣の背には「おにぎり道」とデカデカと刺繍されていたからである。このいきさつを語ると長くなるのだがかいつまんで言うとおにぎりを気に入ったクピ・ディッパーが日本語表記を希望した結果である。漢字がデザインされたティシャツを着ている外国人観光客と同じである。
救国の男子高校生は握ったおにぎりに味噌を塗って網焼きを始めた。
慰労会が始まる前から疲労感満載の姫崎見は終了後やはり積算した疲労によって泥のように眠った。




