魔力回復はおにぎりで②
「あの魔獣が飛べなくなるような魔術はないのかね?」
剣を構えたまま空中戦を目で追っている騎士に質問を投げかけてみた。
「あ、……それどころではない。テバサ・キの攻撃が当たったのなら、私も加勢しなければならない!」
感嘆詞なのか素直な返答なのか判別できないが、待っているなら
「その加勢とやらをすればいいのに」
と思うのだが、騎士にとってはそのタイミングではないのだろう。
言っていると魔獣が二人の間近に飛来。土埃が舞う。煙たがる姫崎見の横で、フィフェティは、
「いざ!」
魔獣に向けて突進。のはずなのだが、魔獣はすでに跳躍。距離をとって再び空中へ。代わりにテバサ・キが着地。身体のいたるところが負傷している。
「せっかく魔力が回復したというのに、致命傷も与えられぬとは」
疲弊に顔を歪めてしまっている。
「お前は少し休んでいろ」
フィフェティはテバサ・キの前に出る。とはいえ、
「対空迎撃殺法はあるのか?」
姫崎見はせめてもの慰めにひっくり返った鍋にまだ少しばかり残っている味噌汁を掬ってテバサ・キにお椀を差し出した。
「どこにいようが、逃がしはせぬ」
言い放って、続けて何やらをつぶやく。すると、フィフェティの身体がかすかに光だし、その輝きは剣まで覆った。日光で反射したのではない。
「参る!」
動き出すと残像というよりかは分身の術を見せられている感じのフィフェティの身体が魔獣に向かっていく。飛翔の途中で今度は何やらを叫んだ。それとともに剣を振るうと三日月型の金色が魔獣に飛んで行った。しかもかなりなスピードで。魔獣はかわすのがやっとだったようで頬に切り傷ができた。激怒したのは魔獣である。けたたましい咆哮をしたかと思うとその場で身悶え始めた。
「もう一撃!」
着地したフィフェティはさらなる攻撃を繰り出そうとする。
「いけない! フィフェティ。あいつの魔力が上がって行く!」
焦るテバサ・キの横で、
「不思議な踊りってわけか」
空中の魔獣をまじまじと見つめる姫崎見。
「何も空中でやんなくとも。ライオンなんだから」
敵に塩どころか称賛を送っているわけではないのだが、この対決の趨勢にぼやいてみたのだが、
「あれ? 俺なんか今変なこと言ったか?」
どこか釈然としないと言うか、急に痒さが肩甲骨脇に生じたと言うか、透明半球を使って太陽の動きを観察していたら数時間後に唐突に月が出ているのに気付いたと言うか、ともかくそういうような単純なのにスルーしていた疑問が浮かんだのである。しかも明文化されてない。
「いや、ケン殿は取り立てて変なことは言ってない。ところで、ライオンというのは……」
「そう! それだ!」
「だ、だにがだ?」
急にワシっと両肩を掴まれ前後にえらい勢いで揺さぶられるテバサ・キは言葉までも揺れてしまっている。しかもテバサ・キにとっては理由が不明瞭なまま。
ところが姫崎見には合点が行ったのだ。すなわち、ライオンが何で空を飛んでいるのか。正確にはライオンでもないし、空を飛ぶ魔獣なら現に今その頸椎がバカになる勢いで揺れている。だが、そればかりではないのだ。姫崎見はそれが「なぜ飛び続けているのか」、という点が、そう、先ほどの「なぜ降りて来ないのか」という疑問を補完する形でとてつもなく引っかかったのである。突進に始まり、爪の攻撃も、口から光の矢の攻撃も地上で距離を詰めた方が効率的だし、何より地上に着地もしたではないか。まさにさっき思った疑問の復唱である。
「ということは」
突如として辺りをキョロキョロと見渡し始める姫崎見は、テバサ・キにしてみれば挙動不審以外の何物でもない。
「ケン殿。それはそうとおかわりはないだろうか」
お椀を出してきやがった。この非常時に。
「味噌汁なら、一掬いできるかどう、か……って」
姫崎見は味噌汁を作っていた、今や転がってしまっている鍋を覗き込んだ。それから跳躍と剣劇をしかけるフィフェティと抗争中の魔獣を見やった。
電光石火、思い出したかのように倒壊したテントの横に吹っ飛んで行った自身の鞄まで急いだ。それを天啓と呼ばずして何を言えばいいのだろう、まさにノベル的典型ではないが。
口を開く。
「あった」
もう一度魔獣を見上げた。すくっと立ち上がると右手を掲げた。味噌のパックの口を開いて。魔獣が変な声を上げて後退したのを見逃すことはなかった。
「あの、ケン殿」
まだお椀を抱えているテバサ・キに、
「お前、火加減は自由自在にできるって言ったよな」
「ああ、確かに。それよりおかわりを」
「こっちが優先だ」
言って落ちてしまったおにぎりを一つ掴みあげた。
「ケン殿、何を」
おかわりをまだねだっている魔獣に、拾ったおにぎりを突き出した。
「火を弱火で出してくれ」
決然とした表情で指示を出すのだが、意図をくみ取れないで
「オニギリをどうするのだ?」
怪訝にいると、ラワタ国の騎士や魔獣の魔力を操ることが出来る異世界の男子高校生はふっきれたように
「焼きおにぎりだ」
メニューを宣言した。




