魔力回復はおにぎりで①
「ケン!」
光の矢が今まさに姫崎見に迫ろうとしたとき、フィフェティが立ちはだかり、魔術を込めた剣で薙ぎ払った。光りの矢は反転魔獣へ突進したが、魔獣は苦も無く交わした。
「何をしている! さあ、引け!」
はっとして、フィフェティの引きつった顔を見てから、やはり上空に居続けたままの魔獣を見やった。
「フィフェティ……お前」
改めて見直してみれば、女騎士は満身創痍であった。よくもまあ動けているものと思えるくらいに。
「とはいえ、ケン。オニギリはあるか?」
「つうことはもうとっくに食っちまったのか」
「ああ。俊敏さが向上する魔術によって何とか追い着くことが出来た。おかげでもう魔力は微々たるものだ」
「つってもあの魔獣のせいで落っこちてしまって」
「構わない。汚れを払ってくれ」
「マジか。すでに三秒はとうに越してるぞ」
と言いつつ、フィフェティの覚悟に関心をする。幸い、おにぎり二個がテーブルに転がっていた。だが、やはり魔獣が暴れたせいで具材が何なのか見当も思い出しもできないほどに散乱してしまっていた。
「あーでも梅干しはなあ」
この戦況化で顔を渋くする女騎士。さっきの覚悟はどこに行ったのだと揶揄されてもおかしくはないほどだ。それは百も承知で、それでもフィフェティはどうも梅干しが好みではないようだった。
「悪いが私もいただけるか」
テバサ・キが着地した。フィフェティが声をかける。
「気は戻ったようだな」
つまりは戦闘中に失神していたと言うことらしい。
「でも高菜はなあ、ちょっとなあ。嫌いじゃないんでけど」
丁寧口調が平静なテバサ・キだが、トラウマにでもなっているのだろうかすっかり砕けてしまっている。
おにぎりを必要としている戦士が二人。おにぎりは二つ。中身の具材は不明。
「さあ、食おうか」
姫崎見はテーブルから二つおにぎりを両手に持って女騎士と獣人化した魔獣に差し出す。もう受け取るしかないのだ。クレームや愚痴のために口を開ける暇があれば、その開けた口におにぎりを入れるしかないのだ。無言のまま男子高校生の手からおにぎりを取り頬張る。噛んで数回。二人の顎が止まった。齧ったおにぎりの断面図を姫崎見に見せる。
「お前たちビンゴだぞ。そういうのも、もはや魔術なんじゃね?」
高確率過ぎる。フィフェティが梅干し、テバサ・キは高菜だった。もし反対のおにぎりを手にしていたら回避していたのに。だが、姫崎見がそれで取り乱すようなことはない。なぜなら、
「あれ、平気なのかもしれない」
「辛く、ない……しょっぱく、ない」
はちみつ漬けの梅干しと、一度水洗いした高菜にしていたのだ。結果、
「血液がサラサラになっていく気がする」
「新陳代謝が進む気がする」
通販のサプリメントの広告のような感想なんぞをのたまうものだから、
「んな、ことより魔力はどうなんだよ」
まさに姫崎見が言うとおりである。
「そう言えば、おお」
対魔獣決戦よりも自身の食の克服に感動している女騎士と元魔獣には猛省を促さなければならないがそれは事態が解決した後である。
「火力が自在になっている、驚くことに」
口から小さな火を一度吐いて見せるテバサ・キ。
「だったら早く魔獣どうにかしろよ」
むしろ驚くべきは戦士たちの呑気な態度の方である。異世界の男子高校生に発破をかけられ、ラワタ国の騎士と魔獣は闘気を再燃させた。剣を構え直し、武闘の構えを取る。
空気を読んでくれていた魔獣は空から睨みつけていた。
「対空戦なら私が」
テバサ・キ両翼を広げ、飛翔。魔獣も距離を取る。追撃に対して光の矢を放つ魔獣。口から火の玉を放ってそれへ迎撃。そこへ魔獣の爪。その鋭利な打撃を軽やかにかわした上に火炎を放射。迫りくる炎を前足の動きで起こした風によって薙ぎ払う。間合いをとって空中を旋回。そんな空中戦はさながらドッグファイトの様相である。




