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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第五章

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魔獣強襲

「上申!」

 血相を欠いた声が慌ただしく陣へ入って来たからである。

「姫様はおられますか!」

 汚れた衣類の兵士は、重厚な甲冑姿ではない。情報伝達を任務としていた彼は、第二王女の前に跪いて、

「申し上げます。一進一退の均衡状態のまま森を抜けようとしております。進行方向によっては」

 すべてを報告しきらない段階だった。

「あれを!」

 森の中から飛翔する物体があった。

「魔獣だ!」

 他にはあるまい。しかし、その魔獣は陣に向かって来てはいなかった。

「ケン殿! お引きください。民間人をこれ以上危険にさらすわけには」

 第二王女からは労われているが、はたと気づいて、手にしていたお玉を鍋に入れて、急いでポケットに突っ込んでいた、あのキッチンタイマーを取り出す。ボタンを押すとやはり表示がコロコロと変わる。どうしてそんな都合よくキッチンタイマーをしのばせており、ナビ機能を発露しているのか。まったくのたまたまである。姫崎見にしてみれば、それこそ馴染んだ時間計測器は調理に必要でないことはなく、また未だ原理は不明だが魔術的グッズなのである。持参しないわけがないのである。だから、ここに至って電池切れとかバグったとかそんなはずはないのである。よって、

「あの、断定はできませんが、魔獣が何処に移動するのか探知ができるみたいです」

 などと言えるのである。まったく具体的ではないが。

「分かりました。フィフェティとテバサ・キに陣まで戻るよう」

 伝達係に指令を下している途中で第二王女は止まってしまった。兵士たちがざわついていたせいでもある。せいでもあるのだが、何よりも目の前の不気味さに止まってしまったのだ。森から出て逃げようとしていただろう魔獣が空で静止していたのだ。辺りを探っているようにも見える。

「早く!」

 第二王女の胆力はさすがである。その発破のおかげか伝令係は迅速に走り出した。

「動いたぞ!」

 兵士が再びざわめきだした。

「来るぞ! 姫様をお守りしろ!」

 剣を抜く兵士、盾を構えて第二王女の前で構える兵士、第二王女を逃がそうと馬の手配を始める兵士などなど各人が役目を果たそうと勤め始めた。

「ケン殿、御下がりください」

 怯えて頭を抱える料理人の側で、姫崎見は魔獣の襲来から目を逸らすことが出来ずにいた。見る見るうちに近づいてくる魔獣。悪魔化したライオンが四肢に羽をはやしている。そんな風に見えた。

「ひいい」

 もう腰が抜けてしまった料理人をかばう兵士は、

「ケン殿を、誰か!」

 他の兵士を呼ぼうとしたのだが駆け付けるよりも魔獣のスピードが速かった。

 その時。異世界で狂暴な魔獣に襲われそうになったその時。それこそ日本でもサファリパークのライオンを園内ジープの中からでも見た経験のない姫崎見は逃げることもせず、反射的にした。味噌汁鍋に刺さったお玉を引き抜いて構えたのである。一介の主夫を務める異世界の男子高校生のほうが泰然自若としているのは、ラワタの兵士も見習うべきである。

 下降しながら鼻孔を震わせた魔獣は身をくねらせて急激に方向転換をし、上空で地上をにらみつけてきた。咆哮する。それだけで慄く兵士もいた。声を震わせる兵士もいた。それでも彼らは任務を全うしようとしていた。魔獣が前足を振るう。鋭利な風が陣を襲う。吹き飛ばされる兵士、テント、食器。咆哮。兵士らはじりじりと後ずさりする。

「ひ、姫様を!」

 それでも強がりではなく勇気が職務を遂行しようと動かせていた。

 咆哮。魔獣はライオンのような鬣から針を雨のように放った。

「お守りせよ!」

 盾の部隊が第二王女を取り囲む。無数の針が盾に当たり、傷つけていく。腕や肩、脚などを実際にかすめられ、あるいは刺さる兵士もいた。剣で薙ぎ払う兵士もいた。姫崎見もなんとお玉でそれらを払い続けた。よくもまあ刺さらなかったものである。鍛錬に努めた兵士でさえ射られる者がいたと言うのに。それを目ざとく見たのは魔獣である。上空から忌々しそうに異世界の男子高校生を睨んだ。すると、前足をスウッと前に動かした。爪の一本がこともあろうに光った。そう思った瞬間である。光りの矢が解き放たれた。さすがにそれをお玉で薙ぎ払うことはできないなんてことは姫崎見でも分かることだ。

「逃げろ! ケン殿」

 至る所でその言葉が連呼された。姫崎見もそうしようと思った。そうするしかなかった。それなのに、そうしなかった。そうできなかったと言った方が正確である。と言っても恐怖でちびってしまったのではない。逃げるよりも、瞬時に浮かんだ疑問のせいで動くよりも凝視を優先させたのである。すなわち、

「なんで、魔獣は降りて来ないんだ?」

 これほどの強力な攻撃力を有しているライオンである、魔獣だが。かまいたち顔負けの烈風を放てるほどの足の力、連発可能な射撃できる鬣、そしてビームみたいなのを発射する爪。そんな上空から当たるか当たらない攻撃をするよりかは地上で近距離攻撃した方が壊滅的被害を当てられそうなもの。むろん、攻撃に慌てふためく兵士たちの姿を酒の肴にする愉悦に浸る種類とも考えられる。それならば、これほどの攻撃力にするだろうか。それらが一言に集約されたのだ。


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