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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第一章
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闘技場にて

 闘技場とフィフェティは言ったものの、姫崎見には弓道場にしか見えない場所だった。通路らしきスペースがまだ見えるので、それこそ思い描く闘技場とかは別のところなのかもしれない。ともかく、その場所で何をし始めるのかしれないが、武器を持つ兵士に挟まれて立つ姫崎見はいたたまれない心境だった。

「ケン」

 フィフェティに呼ばれて見れば、剣を抜いて近づいて来る。まさかここで斬首の刑が執行されるのではないかと懸念が急上昇する。

「これを見よ」

 姫崎見の前まで来るとフィフェティは反転、剣先を目視二十メートルほど先の的に向け、小声で口を動かしだした。すると、剣先から光の矢が的めがけて放たれた。見事命中。思わず感嘆と共に拍手してしまう姫崎見の前で、

「いいか、こうだ」

 フィフェティ、おにぎりの立食である。三分の一ほどかじりついた。拍手が止まってしまった姫崎見。

「しょれできょんどふぁきょうだ」

「フィフェティ、ちゃんと咀嚼してから話しなさい、不躾でもあるまいに」

 無言でうなずいていそいそと口の中を動かすフィフェティはあっという間に、

「それで今度はこうだ」

 言い直した。唇に小さい黒い点が数か所。海苔である。姫崎見の注意よりも早く、剣先をまたしても的に向け、詠唱。光りの矢が

「何それ、デカ」

 先ほどの三倍ほど巨大化した矢が放たれた。風圧も桁違いだ。暴風警報が発令された台風の時のような。さらには矢が元を射た破壊力たるやもはや爆発である。

「な? 分かったろ」

「おにぎり食ったら元気になったのは分かるけども!」

 姫崎見の驚きを無視して残りのおにぎりをぺろりと頬張るフィフェティ。

「まったく聞いちゃいねえ」

 とはいえ、的周辺の惨事こそ報告物ではなかろうか。命中どころか、かなりな損壊になっている。感嘆している暇があったら、事後処理を最優先にすべきではないだろうか。

「つまり、ケン殿のオニギリを食べると魔力が上がるのだ」

「そんなこと言い出したら現代日本は魔法の国だろ」

 料理長もやはり「オニギリ」が片言になるのが気になるが、それよりも魔力だのの方が尋ねておくべきだ。もはや事故レベルの事態。いつまでも悠長になぞしていられない。

「ここは魔法が使えるってこと?」

「魔法ではない。魔術だ」

 訂正が迅速になされた。違いを詳細に語れば、終業式の校長の話しよりきっと長くなりそうだ。姫崎見にとっては日本で見聞きしないし使えない未知の力とあれば、魔法でも魔術でも似たようなものだ。

「魔術を行使するためには魔力が必要だ。オニギリは不思議なことに減った魔力が回復するのだ。例えば先ほどケンが目撃した魔獣との一戦。あの時私は肉体強化と身体防御、行動加速化の魔術を行使していた。当然戦いが長引けば長引くほど魔術に使う魔力は減る。三種類の魔術を同時に使っているのだからなおさらだ。ところがだ。ケンのオニギリを食すると減った分の魔力が回復した上に、私が経験したことのないくらいに飛躍的に向上した。その結果、私は魔獣を圧倒することが出来たというわけだ」

 滔滔と流暢に語る中でなぜかやはり「オニギリ」だけは片言で、しかもこのフィフェティはかいつまんで簡潔明瞭に語ることが苦手なのか似たようなことを二度三度繰り返した。戦闘中にも同じようなことを聞いた気がする。フィフェティの魔力とやらはペプシンの分泌を促進させるのだろうか。

 ところで、姫崎見が魔物とカテゴライズした対象は、ここでは魔獣と呼ばれているようだ。魔法と魔術同様に、不気味な敵という意味なら魔物でも魔獣でも彼にとっては大差がなかった。先ほどの魔法と魔術の違いと同じで、求めてしまえば長い長い講座が始まってしまいかねなくなる。

 それよりも。この弓道場の外がやけににぎやかになって来ているのは気のせいにしたいが、気のせいではないのだ。

「フィフェティさんや、この惨状をどうするつもりなの?」

 おにぎりの魔力回復力に度肝を抜かれている料理長や兵士たちはその威力に感嘆するばかりでフィフェティがやらかした事案についての対処まで頭が回ってないのだ。

「ケン、君がやったことにしないか?」

 両肩に手を乗せて来たフィフェティは澄んだ瞳で懇願してきた。

「断るに決まっているだろ」

 事情聴取直後にこんな盛大な破壊活動をしたらそれこそ懲罰房行きである。素性の知れぬ異人など正式な司法手続きなしで判決を下すのだって簡単だろう。

「ちょっとだけ、ちょっとだけやらかしたってことで」

「俺のどこに魔術を行使できる魔力とやらがあるか教えてくれよ」

 あきらめの悪いフィフェティに鋭い反論をするのだが、

「そう言えばケンは魔力がないようだな」

「だから! 俺はこの世界、国の人間じゃねえって言ってるだろ」

「あ、そうか。そうだったな」

 きれいな金色の髪、整った美形の顔立ち、すらりとした身体に気を取られるが、

「フィフェティって、粗忽なのか」

 残念さが際立って仕方ない。

「ケンとやら武勲の誉れ高きフィフェティ殿に向かってポンコツとは」

「フィフェティ殿は少々観点が通常の人と異なっているだけのこと。決してポンコツなのでは。決して」

 兵士二人のフォローがなおさらに痛々しい。姫崎見は決して故障してしまったロボみたいな呼び方はしていない。だが、兵士に言われるのだ。いつその剣先が容赦なく向けられるのか知れない。よって異人は、

「分かった。ポンコツは訂正し、撤回する」

 兵士たちは安堵した。ただ姫崎見の中ではフィフェティは「天然」である刻印が押された。

 そう呑気にしていられないのは、

「あー一体何がどうなって」

「異人は魔力がないと……誰がやった」

 弓道場に駆け付けた兵士たちが破壊の現状に慌てはじめた。

「こ、これはだな……」

 理由どころか言い訳さえも思いつかないフィフェティが慌てふためき始め、過程を目撃していたはずの兵士たちもどう誤魔化したもの右往左往するばかりだった。事実をありのままに告げれば済むのに、フィフェティに忖度するメリットなどあるのだろうか。

 料理長はずっとアルミホイルを、角度を変えて見ていた。まったくもってあてにはできそうもない。

 この喧噪のなか、姫崎見はおもむろにズボンのポケットに手を突っ込んだ。硬い物にぶつかった。思わず取り出した。あのキッチンタイマーだった。

「あれ?」

 “一分”を示すボタンがほのかに光っていた。思わず押してみた。

すると、

「ケンは、ケンはどこだ。クピさん、見てなかったのか」

 言われて料理長クピ・ディッパーは開いたアルミホイルと、まだ未開封の三角形のアルミホイルを両手に持って

「いや、さきほどまでそこに」

 たどたどしく答えるのみ。

 弓道場の事案は一転して、女騎士の窮地を救った異世界の魔術師ケンの消息探しになってしまった。


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