決戦前日
明日が決戦という日。
姫崎見には休暇が与えられた。与えられた、という表現自体も異人にとってはおかしなものであるが、その日おにぎりを握らなくてもよい、というのはまさに休養以外の何物でもなかった。
「かぐわしい、一体なんだね?」
そのはずがどうも二度寝をしそこねて、ゲームはおろか漫画もなく、剣術や魔術の鍛錬することもできず、迷子の可能性を鑑みて外出も憚られては、時間を持て余してやれるのは料理なのである。
調理室は日常的に給仕のための戦場なので、借りるわけにもいかず、晴天をいいことに中庭の片隅で調理を開始していたのだ。アウトドアの心得はなくともキャンプの経験がある。焚き火用の木材は言えばもらえたし、着火もテバサ・キが口からファイヤーしてくれた。テバサ・キとは例の元魔獣である。名前を聞いて、姫崎見はだんまりを決め込んだ。鳥っぽい魔獣にそれかよとは思ったものの、ラワタは異世界である。日本語の常識を援用してはならない、と自制したのである(ちなみにテバサ・キとは最も簡素に表すなら「翼のある鬼」だそうだ)。
時刻は正午をすでに過ぎていた。昼食の準備を完了した料理長がひょっこりと現れた。嘘である。姫崎見がここにいると聞いて来たのである。中庭で調理をしているとの情報を持ってきたのは他でもないテバサ・キである。他に調理場を預かる者が数名。落ち着きなく料理長の後ろにいる。
「いいか、我々はケン殿を見習わなければならない。ケン殿のどこに魔力を回復させ、魔獣を浄化させる秘密があるかくまなく探らなければならない。それは料理の中に隠れている。オニギリだけがケン殿の料理ではない。我々はそれを必ず見つけなければならない」
決意表明を眉間にしわを寄せて行っているが、要は
「食いたいなら、そう言えよ」
それ以外にはないのである。そもそも姫崎見の料理にそんな本質的な答えがあるとしたら、フィフェティがとっくにレポート化している。そのフィフェティが言ったことといえば、「ニホンの料理は実にうまい、料理長もケンから習うといい」なんて感想だった。本当に高等教育までの課程を数日で履修した同じ人物とは思えないほど、解明にやる気があるのかないのか判然とすることはなかった。
「いいのか?」
尋ねる割にはすっかり顔がゆるんでいるし、その上ご相伴にあずかることを前提にしていたのであろう。食器を前に差し出す始末。
すっかり遅いランチタイムの始まりである。いちいちリアクションが過剰にも見えるものの、どうやら口に合わないということはなかったようである。
「あ~なんだろうなあ、このあたたかくなるのは」
うっとりとして、下手をしたらこのまま悦に至りかねない料理長。
「いや、料理長の飯の方が断然旨いって」
御世辞でもおべっかでもなく、事実を述べる。さすがに手ぶらではまずいと思ったのだろう。賄を何品か持って来ていたので、それを姫崎見も口に入れていた。
「ケン殿」
やけに真剣に言い始めた。
「旨い料理はきちんとした過程を経れば誰でも作れる。しかし、鋭気を心底養える料理は、ずっと味わっていたいと思えるような料理はなかなか容易ではない。我々になくてケン殿にあるその秘密を我々は知りたいのです。ケン殿がいつまでもここにおられるとは限りません。ですから、我々はケン殿がおられる間にそれを見つけ出さなければならないのです」
「あったら俺も知りたいよ。気付いたら教えてくれ、料理長」
賄を食べながら、姫崎見は空を仰いだ。妹は今頃何をしているだろうか、何を食べているだろうかと思いながら。




