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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第五章

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ラワタ国でおにぎりをこしらえる

 姫崎見は男子高校生である。普通科に属している。芸術の選択科目は音楽で、それというのもバンドをやりたいとか声楽に覚えがあるとかではなく、美術や書道のように道具類をそろえる費用をかけるわけにはいかないというシンプルな理由からである。家庭科の授業はなく、よって家政学に心得はない。ましてや科学論文など読んだことはおろか、見たこともない。それなのにである。今、姫崎見はまさにそういうジャンルの資料を見ている、いや読まされている。

「どうだ?」

 異世界ラワタ国の城に勤める料理長クピ・ディッパーが伺うように慎重に問うてくる。具体性のない質問は文脈がなければ答えようもないのだが、コンテキストならぬテキストはしっかり目にしている。

「オニギリを検証してみたのだ」

 姫崎見にしてみれば、この異世界の料理長が何をそんなに頭を抱えなければならないのかのほうが傾聴ものである。なにせ、魔術を使っているのではと勘ぐるくらいに、抜群に旨い。高級割烹と言っても過言ではない。行ったことはないがたぶん。付け加えれば、メニューは和食ではないが。そのような一流の料理人が、定食屋の見習いでもない高校男子の顔色をうかがう。

 ラワタに来て、姫崎見は修士論文の審査委員みたいにさまざまな資料の山を渡された。おにぎりを研究し始めたのは料理長一人ではないのだが、それは当然表向きに公然と行っている者もいれば、極秘裏に行っている者もいるようで、魔術に影響を与える異世界の手料理について関心を向けるなという方が無理といえば無理である。そこに政治勢力が関わってくるとなればなお一層である。古今東西、権力闘争はどこにでもある。魔獣の危険性に控えておかなければならないというのに。いや、権力を欲する者はそれさえも利用する。己の手に余るとも知らずに、あるいは扱えると思い込む傲慢さゆえに。

 とはいえ派閥闘争はおろか、理系の統計データに関心のない主夫業が板についた高校生にとっては

「まあ、いいんじゃない?」

 主語を割愛したうえで、抽象的評価ではぐらかすしかない。栄養学どころか、おにぎりと魔術なんて民俗学の卒業論文のテーマにもならないようなネタを出されても、評価基準などあるはずもない。

「ケンがそう言ってくれるのはありがたいのだが」

 料理長クピ・ディッパーの表情は言葉とは裏腹にすっきりとはしていない。

「フィフェティの魔力回復や魔獣の浄化に現れるような顕著な変化は見られないのだ。どうしてだと思う?」

 姫崎見にしてみれば、

「そんなこと言われても」

 以外に答えようもない。フィフェティも、インコからすっかり獣人の姿に戻った魔獣も腕を組んだまま難しい顔をしている。該当者として何かしら言ってくれてもいいようなものの。

「やはり、ここは」

 ようやくにして口を開いた魔獣から

「ケン殿にオニギリを作ってもらう以外にはないのでは」

 提案がなされた。料理長もフィフェティも目を開いた。そして、唾を飲んだ。

「どうせ食うのは俺じゃないだろ、それ」

 言うは易し、行うは難し。主語も違えば、意味も違うのだが、姫崎見はいずれにせよ、ひたすら握るしかないのだ。

「まあ、そのつもりもあったから」

 デイバックを持った。その中からいくつもの品々を取り出す。目を点にする料理長をしり目に、

「まずはご飯を炊こうか」

 指ぱっちんをすると、魔獣は魔術を行使。手には十キロの米袋を抱えた。


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