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魔力回復はおにぎりで  作者: 金子ふみよ
第四章

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帰宅

 自宅に帰り、着替えた。もちろん、フィフェティも礼服を脱いだ。着たのはやはりルームウェアである。

 リビングに勢ぞろいすると、お茶の用意をした。ほっと一息つけた。とはいえ、団らんが続くわけではない。

「フィフェティ、早速だが戻らなければならんぞ。ケン殿の下での鍛錬はもう十分であろう」

 インコから話してもらわなければならないことがたくさんある。何はともあれ、姫崎見が気になるのは、魔獣から獣人になり、さらにはインコになり果てた経緯である。

「それは分からぬが、師匠はこの地の動物に変容するやもしれぬとは言っておった」

「師匠?」

 思わずフィフェティを見る。魔獣から浄化された後、粗野に扱われないよう手はずは整えたつもりだっだが、よもや騎士の門下生になっているとは。その驚きで、ラワタ国での獣人が地球でインコにどうしたら変容するのか尋ね忘れるくらいだった。

「違う違う。そうではありません。師匠というのは私にとっても師匠だ。魔術を習得するためには教授してもらわなければならないのだ。ラワタで話さなかったか?」

「確かに魔法と魔術の違い云々を質問した時にそんな話を聞かされたような気もする。つうことはその魔獣も魔術を習ったと?」

 魔獣の能力についてあれこれ聞いたわけではないが、漠然と「魔獣も魔術使えるんじゃね?」と思っていた姫崎見だが、“魔”という語頭なだけで思い込んでいただけに過ぎないと反省をした。なにせ、魔獣が変身したのである。その気質も変わり、人が行使する魔術について一から習い直すとしてもなくはないのだろう。

「ケン殿のことも興味深く思っておられるようだ」

「それは単に異世界転移をしたからじゃないのか? てか、魔術の師匠クラスなら、どっかから召喚とかしてんじゃないのか?」

 召喚はラワタでは極めて難しい術であると以前フィフェティが言っていたのだが、

「その点だから、なおのこと関心があるとのことだ」

 どうやら弟子がやらかした秘術の効果の方が気になるようだ。

「魔力を携帯化するなどとラワタの誰一人思いもつかないことだった」

 インコがしきりに感心しているが、フィフェティでさえも不思議そうな顔をしている。

「オニギリだよ。穀物を皿に乗せるのではなく、持ち運びできるように変形させるというのは驚き以外の何物でもない。それを応用したのだ。フィフェティが転移した初期に連絡を送ったろ」

「魔力をコンパクト化できたので異世界間の通信まで可能になったとは。いや、その辺のご都合主義は目をつむるとして、なんで魔獣までも地球に現れたんだよ」

 インコが愁いを帯びた目を伏せた。

「世界は滅びてしまうかもしれないのだ。オニギリによって」

 女騎士と同じことを言うインコ。それまでの魔術云々のファンタジックなワクワク話しが一気に冷めるくらい。

「フィフェティ……いや、あれからもいろいろあったんだ」

 憂鬱そうに悲嘆した口調である。インコの長話をかいつまむと、おにぎりを研究していたグループの一派が悪用したまではつきとめたが、ただ証拠が不十分なため捕捉するには至っておらず、とはいえ魔獣の恐ろしさが尋常ではなく、国家存亡の危機に陥っているとのこと。

「おにぎりをどう使えば国難になるんだよ。……あの魔獣もその一環で来たってところか。どうやってピンポイントで来たのかは知れんが」

「さすがケン殿。理解が早くて助かる」

「それよりも高菜入りのおにぎりを食って火を噴くお前の身体の方がどうなっているか聞きたいわ」

「……魔力、のせ、……おかげかな」

 不確定で自信のない返答で片づけられるとは。単に辛いのが苦手に過ぎないとしか思えないのだが、それを確かめる上でもカレーかマーボー豆腐を御馳走しなければならない。

「いずれにせよ、戻るべき時が来たと言うことか」

 フィフェティは毅然としている。

「戻るって言っても魔術使え……。よもや、お前が?」

 姫崎見が見れば、インコが胸を張っている、ハトでもあるまいに。

「いかにも! かの魔術を行使しなくても帰還可能な魔力を携帯してまいりました」

「その図体のどこに魔力を持ってるってんだ?」

「ここに!」

 言ってインコは大きく口を開いて、まるで痰を吐くように喉を鳴らした。テーブルに黒色の、テニスボールほどの球体が出た。

「その大きさがどこに、てか、出し方……いや、もういいか」

 フィフェティが無言で箱ティッシュから数枚取り出して拭きだした。姫崎見にしてみれば、自分が使うわけではないのだ。もはや事態はラワタ国の問題であって、地球人ができることなどもうないと思われたのだ。

「それより。それほどの師匠なら、その人が一連を片づけられるんでは?」

 素朴な疑問、というよりも根本的な解決方法の提案だった。

「前線に出るのはもう面倒だと」

「これくらい処理できずに何を学んだか、とか言われそうだし」

 そのお師匠様を熟知している一人と一羽が言っている以上よほどでない限り介入はしてくれそうもない。

「じゃあ、まあ気を付けてお帰り下さい」

 帰路の安全くらいは祈念しておく。

「あのさ!」

 それまでただ黙っていた姫崎妙が

「もうお兄が向こうに突然さらわれたり、こっちに誰かが来るってことはないんだよね?」

 放流したダムの勢いで確認をする。フィフェティとインコは顔を見合わせた。

「現状では妹君の発言に断言しかねる」

「ただ魔獣を倒せば秩序が戻るというわけではなくなったので」

 フィフェティとインコが順に渋々、実に渋々と言った具合で姫崎見をちらと見た。

「その魔力ってので向こうに行ける容量ってどれくらいなの?」

「妙?」

 黒い球を忌々しそうに指す妹の真意がつかめないで困惑する。

「私と、フィフェティ。それに後一人くらいかと」

 やはりまごつきながら姫崎見を見やるインコ。

「はあ」

 実に重々しいため息だった。そこにいら立ちややるせなさを感じない者はおそらくいない。意見以上にはっきりとした意思が込められていた。

「師匠ってのは、ホントむかつく。私も行って当り散らしたい。けど、私は行けない」

 ぎゅっと両手で湯飲みを掴んだ。割れてしまうのではないかと思えるほど、陶器がきしんでいる音さえ聞こえてきそうだった。

「お兄、行ってきなよ。それでできる限りのことして、必ず帰って来て」

「妙……」

「お兄も気になってるんでしょ、実は。おにぎりに始まったらおにぎりで終えて来ちゃいなよ」

 明るく務める声が震えていた。

「ケンは!」

 勇んで身を乗り出したフィフェティは、

「必ず無事に帰還させる。騎士の誇りにかけて!」

 決然と誓う。ポンコツのくせにこういう時の威勢はまさに勇猛果敢であり、説得力があるように聞こえてならない。

「ケン殿に身の危険が生じそうな場合、必ず守る! 師匠が何と言おうが引っ張り出しても!」

 インコも習った。一人と一羽の真剣さの視線をうっとうしそうに逸らした姫崎妙の手に、兄は手を重ねた。あったかかった。張りつめていた心身の感じが少しばかり緩んだ。

「大丈夫。帰って来るよ」

 柔和な兄の顔と声に、妹はただ一つ押し黙ったままうなずいた。


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