墓地の隣のお寺にて
ところが、そうは問屋が卸さなかった。墓地なのに。道路を挟んで向かい側にあるのはお寺なのに。まさにそのお寺の鐘楼から梵鐘が鈍く鳴ったように聞こえたのだ。何の前触れもない音にびっくりして腕時計さえ見た。まったくもって丁度の時間ではない。それなのに一度鳴った鐘。
しかも、
「あのさ、お兄。住職さんて、今日どっか行ってるって言ってなかったっけ?」
先日、坊主同伴というわけではないのだが、一応ということで電話を入れておいたのだ。御寺参りに坊主がいるかとの件で。
「……だな」
これまでお墓参りの回数を指折り数えるなど、なんか不謹慎に思えてしたことはなかったのだが、それでもおそらく指の数は優に越えている。当然年配者の方々と比較すれば微々たる回数なのかもしれないのだが、それでもこれまでにこのような音は初めてだ。
「……や、やんちゃな若者たちの戯れかな」
乾いた作り笑顔が浮かぶ。そのついでに視線に入ったフィフェティの表情が引きつっていた。そういえば、フィフェティは霊関係が得意ではなさそうだ。異世界で怪談的・肝試し的事象に遭遇すればいくら騎士とはいえ面喰うのも致し方ない。というのも、姫崎見は自らに翻って考えてみたのである。自身が転移した異世界が死霊やゾンビがこぞって大手を振っているようなところだったらと。そうだったら、おにぎりがどうのこうのなどと言っているような余裕はなかったであろう。なんといっても死者は飯を食う必要がないから。というわけで、女騎士への労いさえもかけようとしたのだが、
「来たか」
「やはりか」
魔獣インコが確信的なため息をつき、女騎士が引きつっていた表情から決戦直前の緊張感を醸し出した。
「お前たちはここにいろ」
紳士用の礼服を着た金髪の女性が、肩にインコを乗せて疾走。
「妙は」
その女騎士に制せられたとはいえ、じっとしてはいられない。何が起こっているのかを確認しなければならない。必要とあれば警察へ連絡を。その役は兄が担うしかないと、姫崎見はフィフェティを追うとしたのだが、その袖を握られていた。
「一人にしないで」
おびえて必死な眼をした妹を見た。
「よし! 絶対に離れるなよ」
妹の手を握って走り出し、
「うん」
姫崎妙も気を改めて走った。
瞬く間に寺の門をくぐるとフィフェティが立ち尽くしていた。
寺の境内にいた。住職ではない。ましてや大寺院ではないのだ、住込みの見習いがいるわけでもない。住職の奥さんでもない。




